2#39 放置ヨシ




夜の帳が降り、人の明かりが照らす夜の街を喚き散らしながら全速力で駆け抜ける2人の影。


街行く人々に何事かと驚き視線を向けられるが、そんなことは知ったこっちゃない。


俺の視線も意識もただ1人のキミにだけ向けられている。


他のものは何も見えやしない。俺は、今、前方を走るキミの事しか考えられない。


胸の奥からチリチリと心を焼く、この熱い熱い気持ちを、ただただキミにぶつけたい。ぶつけるまでは止まることなんて出来ない程に俺の気持ちは高ぶっている。


感情の制御が効かない。理性は何処に行ったのか?俺は本能のままに動く。アスファルトを蹴りつける足に感情が籠る。後のことはどうなってもいい。キミに追いつけるのならばダメになっても構わないとさえ想う。


追いつきたい。捕らえたい。捕らえたらならば絶対に離したくない。何があっても離さないとココに誓う。


この想いを全てキミに伝えたいと思う。


ありったけの感情を込めてキミの身体に刻みつけるんだ。



「人が下手に出てたら調子に乗るに乗って乗っかりやがってッ!いい加減我慢の限界だッ!ぶっ殺してやるッッッ!!!」


「はぁぁあ!?僕の何が悪いって言うんだよ!今日のサツキは1日僕の奴隷だろっ!?奴隷に何したって主人の自由でしょ!口答えしないでよね!」


「うるせぇえええっ!んな事知ったことか!下克上だ!さっさと捕まれやカズごらぁぁぁぁああ!!」


「捕まえられもんなら捕まえてみなよ!まぁ!サツキには僕を捕まえるなんて無理だろうけどね!ざぁぁぁこぉぉぉッッッ!!!」




カズの野郎。地味に足が速い上に体力もそこそこあってなかなか捕まえられない。歯痒い。


だがしかしである。このままカズを逃がすという選択肢だけは無かった。


必ずや地の果てまでも追いかけてブッ殺す!



終わりのなかなか見えない追想劇であったが、それは不意に終わりをつげた。



「あっ……!」



間の抜けた声を漏らしたかと思うとカズは足をもつれさせた。


固いアスファルトの地面を2回転、3回転と派手にすっ転んだアホ。



「ふぇええええええええんっ!いだいよぉおおおおおおっ!!?!」



からのギャン泣きである。



「はぁ……はぁ……たくっ……何やってんだよ……」



走ってあがった荒い息を整えながら足を抑えて蹲りギャン泣きするカズに近づいて様子を伺う。まぁ、こうなりそうな事はなんとなく予想はしてた。安定のクソ雑魚ナメクジクオリティ。



「いだいよぉお!足折れたぁぁ!いだいいだい!サツキぃいいい!なんとかしてぇええ!」


「折れてねぇよ。ほら、見せてみろ」



カズがすっ転んでぶつけたであろう箇所を確認するも、当然折れてないし、なんだったら擦りむいてすらいない、ちょっと赤くなってるぐらいだ。パッと見は明らかな軽傷。骨にヒビが入ってる可能性もあるにはあるが、見た目に反してわりと身体は頑丈だ。



ほっといてヨシ!





◇◇◇




「サツキ、くっさ」


「だったら降りろや」


「足痛くて無理」



散々に泣いて喚いて落ち着いたカズをおぶって帰宅中。


背負ったカズは俺の首に腕を強めに巻き付けて、微妙にぐいぐいと身体を押し付けて来ているような気がする。ほとんど感じないが少しだけ柔らかい感触にドギマギは……まったく、しないな。



「もう帰るとか最悪なんだけど」


「誰のせいだ誰の。それともなにか?戻るか?歩けんのか?」


「ヤダ歩きたくない」


「歩けんだろテメェ」


「むーりー!やーだー!あるきたくなーい!」


「はいはい」


「非常事態だからサツキの奴隷明日まで延長ね」


「それは無理だろ。明日は明日で取り決めで聖歌ちゃんの日だろ?」


「僕、その聖歌ちゃんって人のことよく知らないし、別に良くない?ほっといて僕の相手しろよー!」


「みんなから許しが出たらいいぞ。許しが出たらな」



まぁ、無理だろうけど。今日の聖歌ちゃんはやたら怖かったからなー。明日が少し不安だ。



「それでカズん家に送り届けるのでいいか?」


「は?何言ってんの?サツキ家でまだ遊ぶでしょ」



この期に及んでまだ遊ぶ気でいるのかコイツ……別にいいけども。



それから暫くは無言が続いたが、特に気まずいこともない。互いに長年の付き合い。よく知った相手。気心が知れた仲。たまにこうして沈黙が続くことがあるが、お互いになんとも思ってない。


なんだかんだで、こうしてカズと2人で作るこの空気感は1番楽で自然体で心地が良かった。


だからこそこうしてカズとは何年も親友を続けられてるのかなとは思う。クズだけど。



「なぁ、カズ」


「なに?」


「おまえさ」


「うん」


「催眠アプリ持ってんだろ」


「持ってるけ……もってないよ?」



取り繕うがほぼ自白しているアホ。



「ちょっとスマホ貸してくれ」


「持ってないけどスマホは貸せないけど?」


「そっかー残念だなー今スマホ貸してくれたら1万分の課金チャージしてやるんだけだなぁ」


「い、1万……?」


「なんだっけか、カズが最近広告に吊られてダウンロードしたなんちゃら伝説って奴?1万あったら戦力1000万とかになっちゃうんじゃないかなぁ?」


「あ、それクソゲーだったから、もう消したけど?」


「やっぱアレクソゲーだったか……」


「なんかごちゃごちゃしててよくわかんないし、何やっていいかわかんないし、廃課金バカに全然勝てないしクソゲーだった」


「まぁ、あそこら辺の量産型華系アプリはだいたい同じだろ。札束で殴り合うゲーム」


「課金しなくても超強くなれるとか嘘ばっかり、詐欺だよ詐欺。結局、金金」


「だよなー」





って違う違う。そうじゃない。



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