2#25 穴
こんにちは、鳥乃麻沙美だ。
皐月きゅんに催眠アプリで好き勝手している事がバレた。
まさか露見しているなどと夢にも思っていなかったので、私はごくごく気軽に催眠アプリを使用しようとした所を皐月きゅんに取り押さえられた。
めっちゃお怒りになられている。こんなに怒りを顕にする皐月きゅんは初めて見た。
正直、私は調子に乗っていたと思う。催眠アプリを使えば愛しの皐月きゅんに好き勝手してもらえると頭がパーになっていた。そこに皐月きゅんの気持ちをまったく考慮していなかった……むしろ気持ちをねじ曲げてでも自分の望みを通そうとしていた。
皐月きゅんが怒るのも当然だと思う。
1度目は許すが、2度目は別だ。と皐月きゅんは語った。
皐月きゅんは催眠アプリの存在を知った上で私の事を試してきたのだ。2度目の使用に至るのか、否かを。結果、私は選択を間違った。
やめておけばと思っても、もう遅い。私は見事に地雷を踏み抜いたのだ。
催眠アプリの存在を皐月きゅんに伝えたのは誰なのかの大凡の予想はついている。彼女はおそらくかなりの悪意を込めて皐月きゅんに催眠アプリの事を伝えたのだろう。その結果がこれだ。
しかし、不幸中の幸いか、皐月きゅんは私を切り捨てることをしなかった。
もうダメかと思った。皐月きゅんに絶縁され、そして催眠アプリもスマホ事、皐月きゅんの手によって壊され、失った。私に逆転の目は無いかに思われた。
だが皐月きゅんは性根を叩き直してやる、と言った。それは私を見捨てる言葉ではなくて、私はその言葉に酷く安堵した。
まだ、まだやり直せる。
やっぱり皐月きゅんが好きだ。こんな煩悩まみれの私を見捨てずに付き合ってくれる。これはおそらく皐月きゅんなりの優しさだ。ならば私はその優しさに答えなくてはならない。今度は選択を間違ってはいけない。確実に次は無い。
何をさせられるのかはまだわからない。だが、皐月きゅんの言うことには全部、従おう。それはもう従順に、メス犬の如く。私は皐月きゅん専用のメス犬。なんだこれ凄くいい響きだな。はぁはぁ。
――なんて思っていた時期も私にはありました……。
皐月きゅんに連れてこられたのは、先日、皐月きゅんと鈴木が地獄の特訓をしていた自然公園だ。
その自然公園にある海沿いの砂浜にやってきた。
「穴を掘れ」
そう言って皐月きゅんは私にスコップを手渡した。
私は従順にそれに従い、砂浜に穴を掘り始めた。
ただ黙々と穴を掘り、掘った穴が私の肩まで埋まるぐらいの深さになると皐月きゅんから静止の声がかかる。
もしや私は穴に埋められるのか?などと思ったが、違った。
穴から這い出した私を確認すると、皐月きゅんは私の掘った穴を埋め始めた。
そして穴を埋め終えた皐月きゅんはまた私に命令する。
「穴を掘れ」
命令に従い私は皐月きゅんが埋めた穴を掘り返すと、その掘り返した穴を皐月きゅんはまた埋め直す。
「穴を掘れ」
初めのうちは何がしたいのか、わからなかった。
私が掘った穴を皐月きゅんが埋める。それが何度も繰り返された。
「穴を掘れ」
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
朝から始まって、昼をすぎ、もうすぐ夕方だ。
その間ずっと私は穴を掘り、掘った穴は埋められた。
それはまるで私がした事を全否定されているかのようで、目の前で私の苦労は無かったことにされる。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
こんな事になんの意味があるのか?意味なんか無い。なんの意味もない行動をひたすら繰り返し、繰り返し、繰り返す。
掘る、埋めれる。掘る、埋められる。掘る、埋められる。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
気が狂いそうだ。
気がつけば私は泣いていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……もう許してください……もう馬鹿な真似はしません……許してください……もう掘りたくないです……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「いいから掘れ」
「うぅぅッ…………!」
皐月きゅんはド畜生だ。
◇◇◇
泣きながら穴を掘る麻沙美を尻目に俺は鈴木に電話をかけた。時間的にはもう学校が終わって放課後になったぐらいの時間だ。
『おう!皐月!今日もガッコー休んだみてぇだったけど体調は大丈夫なんか?』
「ああ鈴木。今日はちょっと私用で休んだだけだからもう体調は大丈夫だよ。心配かけて悪いな。ありがとう」
『それならよかったぜ!それで何の用だ?』
「もう放課後だよな、今日は何か用事あるか?」
『別になんの用もねぇけど、どうかしたか?』
「それならちょっと来て欲しいんだけど」
『おう!構わねぇぜ!皐月の頼みとくりゃ行かない訳にはいかねぇよ!』
「ありがとう、鈴木。それじゃ日曜に2人で行った自然公園の砂浜辺りに来て貰えるか?」
『任せな!ソッコーで行くぜ!』
そうして俺は鈴木を呼び出した。
◇◇◇
皐月に呼び出された俺は嬉々として自然公園に向かった。
そして辿り着いた自然公園の砂浜で異様な光景を目の当たりにする。
そこには泣きながら砂浜に穴を掘ってるアサミとそれを黙って見つめる皐月が居た。
コイツはどういう状況だ……?
「あぁ、来たか鈴木。わざわざ来てもらって悪いな」
「お、おう……それは別に構わねぇんだけど……」
「早速なんだが鈴木、ちょっとスマホ貸してもらってもいいか?」
「スマホ……?まぁ別に構わねぇけど……」
状況が飲み込めず困惑しながらも、俺は皐月の言葉に従って自分のスマホを手渡した。
俺からスマホを受け取った皐月は少しスマホを操作してから俺に見せつるようにしてスマホの画面を向けてきた。
「なぁ、鈴木。これはなんだ?」
皐月に向けられた俺のスマホの画面に移されたアプリアイコンを皐月は指さしながら俺に問う。
皐月が指さしたアプリアイコン……それは催眠アプリのアイコンだった。
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