2#5 甘んじて塩



「おーし!皐月ー!走り込みはここまでだ!休憩にすっぞ!」


「はぁ……はぁ……あっ……あざっつしたぁ……!」



鈴木コーチへの感謝の言葉と共に俺はその場に倒れ込んだ。


ああ、芝の感触が気持ちいい。



「たくっ、こんなもんでバテるなんて情けねぇな!」


「いや……おま……何時間……走ったと……」



息も絶え絶え反論する言葉が実に弱々しい。



現在、昼。結局、朝から昼まで走りっぱなしだった。



季節はほぼ夏となり日差しは強く気温は高い。


鈴木に連れられてやって来たこの公園のだだっ広い芝生の広場。


小学生の頃なんかは遠足でよく訪れたお馴染みの自然公園である。


小学生の遠足なぁ。カズがお弁当にオヤツ諸共忘れて喚き散らし、俺と美春で食べ物を分けるも、それを更に全部地面に落として大泣きするなんて事があったな。懐かしい。


そして、この自然公園は海に面しており、時折、海からの潮風が吹き抜けるため、差程暑くは感じ無いのだが……汗だくである。下着は元より来てきたジャージもびちゃびちゃになってる。



「ほら、タオルだ」



倒れた俺の顔の上にふわりとタオルがのせられた。



「準備いいな。ありがとう鈴木」



上体を起こして渡されたタオルで汗を拭いていく。



「それにコイツで水分補給だ。しっかり飲んどけよ」


「なにから何まで悪いなぁ。ありが――……」



そこまで言いかけて言葉につまる。にこやかな笑顔で鈴木が俺に差し出してくる水分。


1リットルパックのコーヒー牛乳だった。


運動後のカラッカラの喉にこの濃厚激甘なコイツを流し込めと?



「皐月は男だかんなー!やっぱ普通のミルクよりコーヒー牛乳の方がいいと思ってな!」



鈴木、満面の笑み。それはもうこれでもかっていうぐらいにニッコニコだ。見てるだけでこっちまで笑顔になってしまう。そんな素敵な鈴木の笑顔。


この笑顔……曇られせたくない……!



「流石は鈴木だ!わかってるな!俺、コーヒー牛乳大好き!」



俺は鈴木から差し出されたコーヒー牛乳を笑顔で受け取った。


嘘はついてない。俺、コーヒー牛乳好きだし。ただこのタイミングで飲みたくないと思ってるだけで。


しかし、水分を取らねば脱水症状に陥ってしまうかもしれないし、この鈴木を前にして別のを出せなんて言えるはずも無い。背に腹はかえられないし、鈴木の笑顔も変えられない。



「へへへ……喜んで貰えてなによりだぜ」



飲んだコーヒー牛乳は鬼のように甘かった。



「んじゃ今度は昼だしな。メシにでもすっか!」


「おお、そうだな。こんだけ走ってお腹空いた……どれ、なんか買ってくるよ」


「安心しな!メシも用意してきてやったぜ!」



立ち上がろうとした俺を制しながら鈴木はドカりと、俺の隣に腰をおろした。



「そうか?なにから何まで準備がいいな。助かるよ鈴木」


「これぐらい良いってことよ!ほらこれが皐月の分な!」



そうして鈴木が取り出したのは大きなタッパーである。かなり飾り気がないが、鈴木らしいといえば鈴木らしい。



「俺の手作り弁当だ!ちゃんと味わって食えよな!」


「鈴木の手作りか。それは楽しみだな」



鈴木は料理できたのかーと感心しながら渡された大きなタッパーを開けて中身を見る。


そこには巨大な白い塊が押し込まれていた。


ぎっちりと詰められた米、米、米。オカズの姿は無い。


多分……おにぎり?だろう。おそらく。多分、そうに違いない、多分。


おにぎりだと思われる米の塊を取り出して1口食べてみる。



ジャリッ。



なるほどなるほど。米の塊かと思ったら塩の塊だったか。めっちゃ、塩っぱい。


この塩っぱさ。運動後の疲れた体に染みるなぁ。



「俺の握ったオニギリはどうだ?初めて作ってみたんだが、うめぇだろ?」



鈴木が少しソワソワしながら問うてくる。やはりオニギリでは無いかという推察は間違っていなかったようである。


鈴木が……女の子が握ったオニギリ。不味いはずなんて無い。もはやそれだけで白飯が3杯はいける代物だ。このオニギリをオカズに白飯が捗る事は間違いない。塩っぱいし。足して2で割ったら丁度いい。ああ真っ白。



「そうだな。疲れた体にこの塩っぱさが丁度いいよ。美味しいぞ」


「そ、そうか……!へへへっ……そうやって褒められるとなんか照れちまうな……」



僅かに顔を赤らめながらニヤつく鈴木。


カーッ!なにそれ鈴木が可愛い!ギャップ萌え!飯が捗るーッ!オニギリ美味しい!オニギリ美味しい!ジャリジャリジャリィッ!


少しだけ(?)塩っぱいオニギリを糞甘コーヒー牛乳で流し込むと相反する2つがいい感じに中和されて丁度良くなる――なんてことは無く……。


上半身をプレス機で潰されながら、両足を反対方向に引っ張られて股裂きされる拷問にあっているような感覚であった。


これが俺への罰。鈴木の笑顔の為にも俺はこれを甘んじてうけるのであった。


はぁ、ヤンキーの笑顔が眩しいぜ。



「おし!午後からは筋トレだかんな!今のうちしっかりと休んどけよ!」



とほほ。





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