1日目

2#4 走り込み



「いやいや、それならばまだ諦めるのは早いと思うよ?だってまだ彼がキミの事をどう思っているのかを聞いた訳では無いのだろ?だったらまだ彼がキミを好きだという可能性は残っているのではないかい?」


「は、はぁあ……!?あ、アイツが俺の事を好きとか……お、俺は、んなこと気にしてるわけじゃねーよ!?」



わたわたと顔を赤くする火之迦具土神くんを見ながらボクは内心、ほくそ笑んでいた。


そうは言うが皐月くんには既に通常の無印催眠アプリで「誰とも付き合わない。告白されても断る」様に暗示をかけているんだけどね。


実際問題、皐月くんが彼女を好きだという可能性は無くはない。


だが、その思いが報われることは無い。


残念。実に残念な事だ。



「俺は二度とこんなもんは使わねーよ」


「それでこそ噂に名高い。火之迦具土神くんだ。そうだね。こんなものはもう二度と使わない方がいい」



少し、煽っておこうかな。



「健闘を祈っては居るが……ダメだった時はボクの所に来るといい。少しは慰めてあげよう」


「は?俺に慰めなんて必要ねぇよ」


「そうかい?それならば構わないが、キミはちゃんとダメだった場合の事を考えているのかい?」


「……ダメだった場合?んなこと考えてる訳ねぇだろ……」


「それならばしっかりと考えておくといいよ。もし彼がキミをなんとも思っておらず、好きでもなんでもない……となれば、だ。今後、彼との接点は消失し、二度と彼と関わる事が無くなってしまう。もう彼とまともに会話も出来なければ、彼がキミを見てくれることも無い。ましてや彼と触れ合う事なんて以ての外さ。彼の温もりがキミを包んでくれることは今後、永遠に訪れることはない。その事をしっかりと理解しておくことだ」


「そうか……そう、だよな……ダメだったら……俺は二度と皐月とは……」


「ちゃんと想像出来たいかい?彼に拒絶されるということを。それはもう、実に耐え難い痛みがキミを襲うだろう」


「まぁ……なんとなくわ」


「今はまだ想像の段階だが、実際、それがキミの身に降りかかった場合、キミは果たしてその痛みに本当に耐えられるかな?」


「耐えるも何も、そうなっちまったら耐えるしかねぇだろ」


「そうだね。しかしまぁ、そうなったとしても、この催眠アプリがあれば、彼との関係を繋ぎ止めることは出来る事を覚えておくといい」


「…………」


「確かに卑怯で卑劣な手段ではある。キミがしっかりと彼との関係を断てるのならば、それでいいだろう。ただ、コレを使えばまた彼に愛してもらえる……それがどんな形であろうともね。催眠アプリを使い、成り行きとはいえ、キミはもう彼と身体を重ねたのだろ?もうすでに1度してしまっているのだから2度目、3度目としてしまっても大差無いだろうさ」


「……なんと言われようと俺は使わねーぞ」



とは言っているが、かなり揺らいでいるのが見てとれる。


はてさて、火之迦具土神くんはこの誘惑に抗うことは出来るのだろうか、楽しみだね。



ボクとしてはどうなろうと正直どちらでもいい。



あれこれと火之迦具土神くんに限らず他の女子を誘導はしているが、いずれは限界を迎え、何処かしらで綻んで全てが露見することは目に見えている。


あくまでボクがやっている事は先延ばしにすぎない。


しかし、それでいい。


結局、ボクは彼女らが見当違いの想いに振り回されて右往左往している様を影で笑って見ているのが目的だからね。


辿り着く先で催眠アプリの存在を彼は認知する事になるだろう。


そうなれば彼は自身の経験則に元ずいて今回の騒動の発端がボクである事を察する。そして必ずやボクの元へと訪れるだろう。


そうなった時、彼に全てを打ち明け、そして――……。



皐月くん。ボクの方の準備は整っているよ。いつでもボクの元に来るといい。首を長くして待っているからね。



さて、この騒動はいつまで続くことになるやら。


見物だ。




◇◇◇




日曜日。



「オラ皐月ぃ!へばってねぇで気合い入れて走れや!」


「はぁ……はぁ……う……うっす……ッ!」



日替わり私刑、初日。


私刑執行トップバッターを務めるのは後輩ヤンキーの鈴木火之迦具土神である。



「皐月の腐った根性を徹底的に鍛え直してやんぜ!」



早朝に俺宅に来訪した鈴木は開口一番そう言い放つ。俺は鈴木に言われるがままジャージに着替えて外に連れ出され、近場の公園にやって来た。


そして現在、昼前。


これまでひたすらに走り込みを命じられていた。朝から今までずっとである。


暑い。汗だくでフラフラになりながらも俺は釘バットを杖代わりにして仁王立ちする鈴木にドヤされながら走っていた。


俺はそこそこ体力はあるものの、ホント辛い。でも釘バットが怖すぎる。やっぱり逆らったらアレで血祭りにあげられるのかな……生命の危機を感じた。



「はぁ……はぁ……鈴木さぁん……!俺はいつまで……走っ……れば……いいんすかぁ……!」


「うっせぇ!黙って走れやッ!」



ガンッ!



鈴木は地面に音を立てて釘バットを打ち付けた。



「ひぃい……!?さーせんっしたぁっ……!!!」



ああ……コレいつまで続くんだろ……。

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