かつてそこには、たくさんの羊が。

 幼心に思ったものだ。


『眠い時は羊を数えると、いつの間にか眠れているよ』


 その羊はいったいどうやって数えればいいのだろう、と――。


 トウモロコシの粒を数えろと言われていたら、たぶん私はなにも苦労しなかった。頭の中に、軸にびっしりと規則正しく並んでいるトウモロコシの粒を思い浮かべ、持ち手の方から先端へと順に、右回り、あるいは左回りに一粒ずつちぎっては口に放り込んで「一粒、二粒、三粒……」と数えていったに違いない。


 だが羊はどうだ。どうやって数を数えればいい。幼い私は、広大な牧場にいる無数の羊を想像しながら途方に暮れていた。これが人だったらまだ何とかなった。重複して数えないように、数え終わった人の顔を一人一人覚えておく。人ならばできなくはないだろう。大変ではあるが、羊に比べれば何千倍もましだ。あるいは、大声で呼びかけて一列になってもらうのも賢い手だろう。数えた人からその場に座ってもらえば、どれほど数えたか可視化されて、ああ素晴らしい。羊を一列に並べる手段を、幼い私は知らなかったし、いまでもそれは知らない。


 幼い私は考えた。どうすれば、羊を重複せずに正確に数えることができるのか。初めに浮かんだ案は、羊の体に番号を書いていくというものだった。だが、頭の中の羊は一か所にじっとしていないので、どの羊が数字を書いた羊で、どの羊が書いていない羊なのかいちいち確認するのが大変だった。


 そこで次に私が考え出した案は、巨大な柵を二つ作り、最初は片方にだけ羊を入れ、数えたものだけをもう片方の柵の中へと移していくという方法だった。これならば、いけるだろうか。


 いや、無理だった。移動させた羊が初めの柵に戻ってきてしまう。柵を飛び越えてしまう。そもそも、メーメー鳴いていて、うるさくて仕方がない。


 いろいろ課題が生まれるたびに、小手先の対処を考えるが、また別の角度から課題が発生してしまう。一体どうすればしっかりと数えられるだろうか。


 途方に暮れていたそのとき、私の頭に一つの妙案がパッと思い浮かび上がった。それは、いままでの全ての課題を一気に解決へと導く画期的な手法だった――。


 そうして私の悩みは解決された。その日から今日に至るまで、その手法で羊を数えている。まずは頭の中に広大な草原を思い浮かべる。そこに柵はなく、ただ無数の羊が群れている。その中心に私は立つ。そして、




『羊が一匹』


“バンッ”


 ――ドサ。


『羊が二匹』


“バンッ”


 ――ドサ。


『羊が三匹』


“バンッ”


 ――ドサ。


『羊が……』

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