21-05 勉強会
「違うの、優芽ちゃん! 困ってるとかじゃなくて……とりあえず、一問ずつ一緒に解いていこう? そうしていくうちに解き方がわかってくると思うから」
紬希がやっとの思いで絞り出したのは、彼女が優芽を手伝い始めたときにかけたのと、ほぼ同じ言葉だった。
本当は頭の中にある考えを、一字一句漏らさずスラスラ言葉にして、優芽に伝えたい。
でも出来ない。
それは自分の気持ちを相手に正確に伝えたい、わかってほしい、という一種のこだわりによるものなのかもしれない。
だから余計に、彼女は出力不足による不完全燃焼感を抱くのかもしれない。
実際は、言葉は多ければ多いほど他人に理解してもらえるというわけではないだろう。
いま紬希が絞り出した言葉だって、彼女の脳内にある事細かな考えを要約したものには違いない。
だけど今回のことも、紬希は時間が経ってから、ああ言えば良かった、こうすれば良かったと過度に悔やむのだ。
相手の中に劣等感、羨望、葛藤、そんな毒が生じたことをお互い知るよしもなく、二人は問題集に戻っていった。
誰かと目の前のことに取り組めば、どうしようもない気持ちは自然と押し流される。
対症療法的に元の調子を取り戻して、二人は和気あいあいと宿題を進めるほどに癒されていった。
「よっしゃ終わった! スマホ返せ!」
スパァンと問題集を閉じる音と同時に、のろが叫ぶ。
それを合図に勉強する雰囲気はぷっつりと消滅した。
「おおー、のろちゃん偉かったね~お利口だね~!」
「お菓子食べる!」
のろは身を乗り出して、中央に置かれたきりだった菓子を鷲掴むと、次々と包装を剥がしてパクついた。
閉じられた問題集は、あっという間にゴミの下敷きだ。
「結局あんたらは宿題やったわけ?」
「英語ノートがはかどった」
「ボクは漢字が半分終わったよ~」
ずっとしゃべっていた気のする彩生と虹呼だったが、たまに口を閉じたタイミングでちょこちょことは宿題を進めたらしい。
菓子鉢を差し出しながら、のろは感心して二人のノートを見下ろした。
でもすぐそれは呆れに変わった。
「半分って、一ページの半分かよ!」
「にゃはは!」
もちろん彩生も口だけで、罫線ノートのほとんどは空白だ。
二人はお菓子を一掴みずつ取って、菓子鉢の底が見えた部分にのろのスマホを返却した。
「マミさんは? 進んだ?」
スマホ回収済みの菓子鉢を優芽と紬希の席にまわしながら、のろは二人にも進捗を聞いた。
「なんと、寝ませんでした!」
優芽の報告に、のろたち三人からは歓声と拍手がわき起こった。
紬希も拍手しながら、しみじみ頷いた。
優芽に解き方が身に付くにはまだ時間が足りなかったが、進歩は確実にしたはずだ。
何よりも、彼女は頑張っていた。
苦手なことに取り組んだというだけで花丸だ。
「マミさんに勉強させるなんて、やっぱ紬希はすごいなぁ。あたしも紬希にみてもらったらやる気出ちゃうかも!?」
謙遜で慌てて首を振ろうとした紬希を掻き消して、他の三人からどっと笑いが起こった。
「ないない! それはない!」
「のろ君よぉ。いくら紬希がすごくたって、無から一や二を引き出すことはできないのだよ!」
笑われて、のろは怒るどころか、だよね~と自分も笑い始めた。
これはただの、のろ流ジョーク。
彼女には勉強しなきゃという気持ちは欠片もないのだった。
「で、でも! のろちゃんは絵が得意だから、ポスターとか、ササッと描けちゃうんじゃない?」
本人も含めたみんなは、のろのことをどうにもならない、なんにもできないみたいに言うが、それは事実ではない。
紬希は図書委員会でのことを思い出しながら、大真面目に彼女の長所だと思うところを挙げた。
でも、それはのろ本人に一蹴されてしまった。
「んなわけないっしょ。あたし、簡単なイラストを描き写せるだけで、それ以外無理だし。得意でもなんでもないよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます