21-04 勉強会
自分には自然とできていることを改めてどうしてと聞かれると、自分がどんな過程を経て適切な解き方を選択しているのかわからなかった。
できるからできる、では答えにならない。
紬希が答えを探している間に、輝いていた優芽の瞳にはみるみる影がさしていった。
「なんか……ゴメン。困らせちゃって」
違う!
ちょっと待って!
とっさに紬希は心の中で叫んだ。
でも、わき出てきた焦りと弾きあって、肝心の声がひとつも出てこない。
いつもの優芽のように、こちらの考えがまとまって、言葉にできるまで待っていてほしい。
紬希はそう願ったが、優芽からは「もういいよ」という申し訳なさのようなものがにじみ出ていた。
彼女が早合点してしまったのではないかということを、紬希は一番恐れた。
紬希の言った伸び代というのは嘘だったのだ、と。
優芽に伸び代を感じたのは本心だ。
なのに、自分が言葉に詰まったせいでそれをお世辞と捉えられたとしたら。
その誤解で傷つかれたとしたら。
二重の意味で苦痛だった。
一言も口から出せていないが、紬希の頭の中にはいろいろな思考が渦巻いているのだ。
数学も結局は理解と暗記の科目だから、反復練習して解き方の手順を覚えてしまえばいい。
でも優芽は居眠り体質なのもあって、身につくまで問題を解くということが恐らくできていない。
だから、まずは問題集の基礎ページのような問題を繰り返し解けばいい。
そうしたら紬希のように、問題を見ただけで必要な手順が思いつけるようになるのではないか。
そういう仮説が、ぐちゃぐちゃとわき上がっているのだ。
でも人に伝えるには、それを一本の糸のように整えなくてはならない。
一度にいろんな考えが浮かぶ一方、紬希の口はひとつしかなくて、押し寄せた思考が詰まってしまう。
言葉にするという作業に、いつも彼女が人より苦労するのは、そういうわけなのかもしれない。
対して、優芽も優芽で、紬希を困らせてしまって悪かったなと思っていた。
膨らんだ気持ちに任せて聞いてみたが、紬希がこんなに大変そうにするなんて思っていなかったし、なんとなくそれがショックでもあった。
紬希にはわからないということがわからないんだ。
意識には上らないそんな直感が、チクリとした痛みを感じさせたのだろう。
自分は逆立ちしたって紬希のようにはなれない。
元々紬希になれるだなんてこれっぽっちも思っていなかったが、すっかり仲良しの自分たちも、学力という面では決して横には並べないのだ。
伸び代があるという彼女の言葉は本当なのだろう。
それは泣きたくなるほどに嬉しかった。
自分にとって勉強とは、努力しても実らない、回避できるに越したことのないものだ。
でもきちんと結果が出るというのなら、話は違ってくる。
どうにかしたい、頑張りたい。
みんなの前ではおどけていても、優芽は本当は強くそう望んでいたのだ。
だけど、彼女は今までに諦めすぎてしまった。
聞かれたことに答えようと懸命に言葉を探す紬希を見ていて、優芽は「なんだか難しそう」と思ってしまった。
少しでも難しい物事の気配を感じると、彼女はついついそれから距離をとってしまう。
今回もやってみるどころか、紬希の考えを聞くことすら避けてしまった。
どうせ自分にはわからない。
できない。
紬希が一生懸命考えてくれても、自分はきっと応えられない。
せっかく心を砕き、時間を割いてくれても無駄にしてしまうだけだ。
普段だったら紬希が話し始めるまでいくらでも待つが、不甲斐ない自分のために時間をかけて言葉を考えさせるのは、必要ない。
優芽にとっては自分が宇津井優芽であるということ自体が、やってみる前から諦めるに足りる、上手くいくはずのない一番の証拠に思えた。
無理なのだ。
自分が自分である限り。
努力しても実らない。
根気強く取り組むことすらできない。
空っぽな自分。
紬希にとっての色眼鏡、のろにとっての呪い。
そういう自分で自分を生きにくくしてしまう思い込みを、優芽もまた抱えているのだった。
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