第四章

21-01 勉強会

「というわけで、本日は私のスピーチコンテストの練習にお集まりいただきありがとうございます」

 前に出てきてぺこりと一礼した彩生あきを、誰も見ていない。

 各自わいわいがやがやと鞄から勉強道具を取り出しているところで、みんなで囲んでいる大きな机の上は一瞬でごちゃごちゃになった。

「それは最後。まずはのろに宿題やらせるにょ~!」

 拳を振り上げた虹呼にこに「へいへい」と返事しながら、彩生は自分の座布団へと戻っていった。



 ついに始まった夏休み。

 勉強会の開催地となったのは、のろの家だ。

 何ということはない。

 暑い中移動したくない、勉強用具が重い。

 そうやってのろが文句をたれたため、じゃあのろの家に集まればいい、ということになったのだ。

 元々宿題なんてやらなくていいと思っている彼女だったから、自分の元に勝手に友達が集まってきて、勝手に勉強会を始めるくらいでないと開催すら危ういというのもあった。

 勝手に自室から宿題をデリバリーされ、環境をセッティングされた彼女にもう逃げ場はない。


 なにも、宿題はやらなくてはならないものだ、という厳格な気持ちから、みんなはのろに宿題をやらせたいのではない。

 放っておくと一切何もやらず、提出もしないので、留年は存在しないとはいえ、本当に一緒に進学できるのか見ていて不安になるのだ。



「みやびちゃん、これ、お菓子。みんなで食べてね」

 ガラリと襖が開いて、のろの祖母が現れた。

 両手で持っているお盆には紙パックのジュースと個包装のお菓子が山盛りになっている。

「やった! おばーちゃん、ありがと!」

「ありがとーございまーす!」

 近くにいた優芽がすぐさまお盆を受け取り、みんなにジュースを配って、木製の菓子鉢は机の中央に置いた。

「勉強がんばってね」

 おばあちゃんはほほ笑んで、また襖の奥に引っ込んだ。


「みやびって久々に聞いた~」

「そういえば、のろじゃなくてのみちだったにょ」

「のみちみやび。誰っ」

 アハハとみんなが声をあげて笑う中、紬希だけはネタだと割り切れず、静かに苦笑した。



 夏休みの宿題はとにかく多い。

 五教科分の夏休み用問題集に、ノートへの書き写しや作文、ポスターなど。

 夏休み終盤になってから慌てて取りかかるのでは、片付けられない量だ。

 さらに休み明けにはテストもあるのだから、学校側からの夏休ませないという執念を感じる。

 夏休みの休みは、学校が休みというだけで、生徒が休めるという意味では全然ない。

 というのは、生徒の大半が抱く嘆きだ。


「はーい、のろのスマホは没収~」

「返して! 一問解くごとに三十分の休憩が必要なんだから!」

「それ、宿題よりスマホがメインだろ。ダメでーす!」

 のろの叫びも虚しく、スマホは虹呼と彩生に取り上げられ、床の間の壺の横に飾られた。


 二人は、ふて腐れて潰れたのろを机から引き剥がし、手際よく問題集や筆記用具を広げた。

 シャーペンも持たせて、あとは取りかかるだけ、なのだが、本人は虚空を見つめて固まってしまっている。

 再起動のボタンを探して二人が背中やらつむじやらを連打しまくると「やめい!」と叫んで、のろのフリーズは強制解除させられた。


 渋々、彼女は問題集を見下ろした。

 少しはやる気を出したのだろうか。

 と思いきや、彼女はすぐにシャーペンを放り投げて赤ペンに持ち変え、もう片方の手で解答集を開くと、なんと答えの丸写しを始めた。


「おお、のろのスイッチを入れるのに成功した!」

「ボクたち偉業を成し遂げたですぞ!」


 雑な赤字でみるみる解答欄は埋まっていく。

 ここまでくると潔すぎて、逆に感心ものだ。

 どの先生もきっと怒る気すら湧かないだろう。

 他の三人は面白がっていたが、紬希だけはこんなやり方でいいのか、と唖然としてしまった。

 紬希には思い付きもしない宿題のやり方だ。

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