20-05 終業

「他人事だからってすぐそういうこと言う。どうせ古瀬は来ないんでしょ!」

「あ~、うん。ごめん。部活が忙しくて……」

 途端に、虹呼はわざとらしく目を見開き、両手で口をおおった。

 それから「浮気者~!」と叫びながら両手を振り上げ、今度は古瀬と押し合いを始めた。


「宿題はどーでもいいけど、スピーチコンテストの練習に付き合ってくれるなら私も行こっかな」

 スピーチコンテスト、と聞いて紬希の胸がどきりとした。

 そして、あっと思う間もなく、浴衣の件とはまた別のネガティブに一気に呑み込まれる。




 語学部は取り組むべきことが多くて相変わらず忙しい。

 それでも、コンテストの練習は毎日欠かさず行われていた。


 原稿はもちろんもうとっくに覚えた。

 スピーチしている自分を動画に録って、表情やジェスチャーの研究もしている。

 彩生と紬希はお互いのスピーチを見て、やりすぎだとか、こっちの方がいいだとかの意見も出しあった。


 英語能力については、今野の出番だ。

 スピーチを聞いてもらって、発音や音声変化などを教えてもらったり、習得度の甘いところを指摘してもらったり、基本的なことだけでも、指導し出せば切りがなかった。


 二人が自主練できるよう、今野は自分が発音する様子を動画に録らせてもくれた。

 正解は提示しないと言っていた彼だが、正しい英語については別だ。

 動画を手本に、二人は自分の発音を一生懸命チェックした。



 そんなスピーチの練習は、紬希の気質に合わないものばかりで、最初は憂鬱すぎて吐きそうなくらいだった。

 でも毎日取り組むうちに、嫌でも慣れた。

 練習すればするほど、今野が「これをやらなきゃ練習とは言えない」と言っていたわけも身に染みて理解できた。


 とはいえ、地獄は地獄。

 必要性を理解したところで、逃げ出したい気持ちはなくならない。

 時々行われる日本語教室全員の前でのスピーチは、地獄の中の地獄だ。

 これには今もまだ慣れない。

 本番など、なおさらだ。




 唐突すぎる紬希の絶望に気づけるメンバーなんているはずもなく、彼女が奔流に揉まれている間も、みんなの会話は続いていた。

「てなると、夏休み始まってすぐに勉強会?」

「そうだね。登校日よりも前がいいな」


 彩生の出場は八月上旬。

 ちょうどその数日前の登校日で、今野に最終チェックをしてもらうことになっている。


 紬希の出場はお盆よりも後で、長く練習できる点と彩生の本番を見られるという点では良いが、緊張と不安の苦しみがそれまで続くという点では最悪だった。



 そうして、話は月末の納涼祭よりも先に、勉強会で会うという約束に落ち着いた。

「結局休みになっても結構な頻度で会うことになりそうだね。古瀬以外は」

「さらば古瀬」

「バイバイ古瀬」

「ごめんてー」


 勉強会、納涼祭、バレーの試合に英語スピーチコンテスト、かけはしでのボランティア。

 みんな口々に「遊ぼうね」と言っていて、予定はまだ増えそうだ。

 直接会えない日も、きっと毎日のように画面越しに何かしらの言葉を交わすだろう。




 春の新しいクラスに始まり、登下校、勉強、交遊関係と、学生たちは自覚はなくても毎日頑張ってきた。

 ここで色々なしがらみから距離を置いて一服するのも、夏休みならではの過ごし方だろう。

 目一杯だらだらするも良し、一生懸命何かに打ち込むも良し、遊びまくるも良し。

 授業から解放されて浮いた時間を何に使うかは自由だ。

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