20-04 終業

 古瀬の父親は、バレーの試合のときもよく部員の送迎をしていて、こういうのには慣れているらしい。

 車も最大七人乗りのミニバンで、ちょうど全員乗れる。



「古瀬ー! 一緒に甚平着ていこーぜぇ!」

 甘えた声で近寄ってきた虹呼を、古瀬はさっきまでの恨みを忘れてないぞ、と紬希越しににらんだ。

 でも虹呼はそんなの無視だ。

 人懐っこい笑顔で回り込んで、古瀬の腕をぐいぐい引っ張った。


「紬希は? 着てく?」

 今のところ、優芽と彩生は保留、のろは私服、虹呼は甚平で古瀬を勧誘中だ。

「着てみたい気もするけど……浴衣持ってないし、私服かなぁ」

 幼い頃に着せてもらった記憶はあるが、さすがにもう小さいだろう。

 それに着方もわからない。

 かといって、甚平を着て出かけるのはあまり気が乗らなかった。

 そもそも持っていない。


「あ、じゃあ私の浴衣着ていけば?」

 虹呼に絡みつかれて、片腕をけんみたいにした古瀬が、そう声をかけてくれた。

 二人はもう和解したらしい。


「私はニコと甚平で行くことにしたから」

「ありがとう。でも、着方わからなくて……」

「二部式だから洋服と一緒だよ。スカートはいて、上を羽織って、もう結んである帯を巻くだけ。簡単。なんなら着せてあげるからうちにおいで」

「でも汚すのも悪いし……」

「洗濯オッケーなやつだからだいじょーぶだいじょーぶ。気ぃ使わないで。どうせ一年に数回着るか着ないかなんだから、一回でも多く着てもらった方がいーよ」

 そこまで言われると、今度は断る方が悪い気がしてくる。

 でも、そんなつもりではなかったのだ。

 着たい気持ちがそこまであったわけではなかった。

 だから、古瀬の申し出を受けるにはなんとなく抵抗があった。

 本当に、そんな親切にしてもらうほどのことではないのだ。


 しかし、申し出を受けられない理由を並べ立てると、古瀬の浴衣がイヤみたいで感じが悪い。

 何気ない一言でこんなことになるとは思ってもみず、紬希は変に動揺して、お決まりのメンタル急降下に陥りつつあった。


「じゃ、あたしも浴衣着よーかな!」

 そこに、後ろからガバッと手を回されて、紬希は肩が跳ね上がりそうになった。

 急に優芽が飛びついてきたのだ。

「じゃ、私も~」

 マネして彩生も飛びついてきた。

 驚いた勢いで、手ごわく思えたネガティブ思考が一瞬にして吹っ飛んだ。


「えー、あたしだけ私服?浮く~」

「のろも甚平着ようぜ!」

「やだよ、ダサい」

 誘いを即断られた虹呼が、ムキーと猿のようにつかみかかった。


「そういえばっ、長期休暇恒例、のろとマミさんに宿題をやらせる会、やろーぜえっ!」

 のろと両手を合わせて押し合いながら、虹呼が切れ切れに提案した。

「宿題なんかっ、やるつもり、ないっ!」

「やれよっ!」

 自分の主張に合わせて押し返しあう二人を、紬希だけがオロオロと見守った。

 もちろんそれ以外のみんなは何も意に介していない。


「勉強会かぁ……宿題、やろうとは思うんだけど、なかなか進まないんだよねぇ……」

「寝るもんね」

 紬希に引っ付いたまま、背後で優芽と彩生がやり取りした。


「のろ、どうせ極限までだらだらして、挙げ句の果てにヒマ~って通話とか寄越すんだから、ありがたく勉強会受けなよ」

 と、虹呼に味方したのは古瀬だ。

 それを聞いた虹呼は、満足そうに頷いた。

 でも、のろも黙ってはいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る