20-03 終業
「へえ。あの虫、ガガンボっていうんだ」
あの後、すぐに点が入って、彩生が古瀬のことを呼びにいった。
コートに戻ってきた彼女は大変なショックを負っていたが、身に染み付いた動作はさすがなもので、心そこにあらずとも、飛んできたボールには正確に反応した。
さながらボールを拾っては返すロボットである。
彼女はレクが終わっても浮かない表情で、魂が戻るのには時間を要した。
しかし、やっと回復というところでまた虫の話題だ。
彼女の顔は一瞬でひきつった。
「刺してきたりもしないんだ? 紬希よく知ってるね~」
体と脚の比率がおかしいあの虫は、見た目のインパクトだけは強い。
ついつい何者なのか知りたくなってしまうものだ。
古瀬以外は紬希のくれる豆知識に興味津々で耳を傾けた。
みんな気味悪がってガガンボに近づかないようにしていたらしいが、安全でか弱い虫だとわかると、次からは怖がらなくて済むと笑った。
「もう最悪! だから夏は嫌いなんだよ! 虫なんて地球上からいなくなればいいんだ!」
生理的に無理、と古瀬は虫の存在を全否定した。
詳しくは語らなかったが、見た目や動きが気持ち悪いことや、兄弟からのイタズラなど、こうなった理由はいくらでもあるらしい。
虫が平気な人からすれば、その怖がりようは滑稽とも言えるくらいに過剰だ。
それが虹呼のような性悪を刺激して、また新たなトラウマを作り出すのだろう。
「古瀬~、虫がいなかったら蜂蜜食べられないぞ~?」
「そうだぞ、古瀬。虫は花粉も運んでくれるんだぞ!」
「畑の中にはミミズがいっぱいだよ」
「ゴッキー食べてくれるクモがいるんだって」
「やめて。わかった。ヤメテ」
古瀬が虫だけでなく、ミミズやクモ、ムカデなどなども嫌いなことを知っているみんなは、わざわざいろんな生き物を並べ立てて、しばらく彼女を怖がらせた。
加担しなかったのは紬希ひとりだ。
彼女は苦笑いでやり取りを見守った。
なんだか不憫だな。
いじられる古瀬に対してもだが、無条件に怖がられる虫に対しても紬希はそんな気持ちを抱いた。
虫が古瀬に直接害をなしたわけではないのに、気持ち悪いからいなくなれ、と拒絶されてしまっている。
もし人間相手に同じことを言ったら、差別だ大量虐殺だと大問題だ。
虫が言葉をしゃべったのなら、そんなこともなかったのだろうか。
否、むしろそれは逆効果だろう。
そんな珍妙な考えを巡らせているとは知らず、古瀬が紬希の後ろに逃げ込んできた。
紬希は味方してあげたいものの、何と言って周りを止めればいいのかわからない。
とりあえず「みんな、ダメだよ」と言ってみると、みんなはあっさりと引き下がった。
「ところで納涼祭、みんな浴衣とか着る?」
「あー、考えてなかった」
「面倒くさいからあたしは着ない」
優芽の問いかけに、ばらばらと声が返ってきた。
街で思いついたお祭りに行こうという提案は、すでにみんなで共有済みだ。
親に止められた子はおらず、めでたく夏休みの予定はひとつ確定したのだった。
「あのさ、うちのおとーさんが帰り迎えに来てくれるって言ってたから、みんな乗っていきなよ。チャリで来ようと思ってる子は行きも迎えにいってくれるって」
「えー、古瀬パパ相変わらず優しいね」
紬希の後ろから恐る恐る顔を覗かせながら、古瀬も会話に加わった。
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