20-02 終業
紬希は不思議な心地がしていた。
今までだったら、チームに迷惑をかけてはいけないと変に緊張してしまい、それが体の動きを悪くして、逆にミスの元となっていた。
コートに立つのも、ボールが自分の方に飛んでくるのも怖くて仕方がなかったし、膝がガクガク震えてくることすらあった。
でも、今のメンバーならば、こんなにもリラックスしてチーム戦に臨めている。
開き直っていると言っても良い。
肩の力を抜いて、「ミスしてもいいや」といい加減な気持ちでプレーしてみると、案外自分は動けた。
紬希はその発見に驚くとともに、少しだけ体育が楽しくなった。
「ぃいいいいい!?」
と、急に。
隣で悲鳴が上がって、驚いた紬希が反射的に振り向く間もなく、ガッと古瀬がしがみついてきた。
「ちょっとこっち飛んでくるぅわやぎゃあアア!」
上擦った声が叫びに変わっていくのに合わせ、紬希の肩の辺りがギュッと締め上げられる。
事態がまったく飲み込めない紬希だったが、なんとかして古瀬の向こう側を覗き込むと、状況を察した。
さっきまで古瀬の座っていた辺りで、何か大きな虫がふらふら飛んでいる。
まるで壁があることを知らずにそちらに向かおうとしているような飛び方で、壁づたいに徐々にこちらへ寄ってくる。
「何なのあのでっかい蚊!? もう本当ムリなんだけど! 紬希お願いどっかやってぇ」
視界に入れるのも嫌らしく、古瀬は紬希の肩に額を押しつけて、ムリムリと首を振った。
今は涙声なだけだが、これ以上虫が近づいてきたら本当に泣き出しそうだ。
細い体に、左右に向かってピンと伸びる翅。
そしてそれに不釣り合いに、か細く長く広がる六本の脚。
「ガガンボだね。大丈夫だよ。蚊じゃないし、刺さないよ」
安心させようと言ってみたが、古瀬はグリグリと頭を振った。
「無理イ! なんなのあの見た目!? なんで足あんなに長いの、ワケわかんないんだけど!? お願い追っぱらって!」
脚が異様に細長い巨大な蚊に吸血される、と思って怖がっていたわけではないらしい。
どうやら、古瀬は虫という生き物自体が苦手なのだ。
しかし紬希は困ってしまった。
「ごめん。追い払ってあげたいんだけど、ガガンボって触ると脚が簡単にもげちゃうから……」
そんな髪の毛のような細さで体を支えられるのか、というような脚は、その見た目のとおり脆弱だ。
普通の虫だったらつかんで窓から放り投げれば良かったが、ガガンボはそうもいかない。
かく言う紬希も、虫は得意というわけでなかった。
普通に気色悪いと感じるし、そういう生き物に触るのには抵抗もある。
でも害虫でないのなら、無益な殺生はしない方が良いと思っていた。
それは慈しみからくるのではない。
虫を潰したときの罪悪感や後片付けを思えば、生かして逃がす方がお互い平和的だからだ。
「いいよ! あんな虫滅べばいいのに!」
そこで不意に声がした。
「ちょっと古瀬ー! なに紬希を襲ってるんだぜー!」
ガバッと二人に抱きついてきたのは虹呼だ。
「紬希、出番だよん」
「あ、ごめん。ありがとう。古瀬ちゃん……後はニコちゃんに任せるね」
古瀬と仲の良い虹呼ならば、何か上手い策を考えてくれるだろう。
虹呼は何のことかわからず首を傾げていたが、その視線がガガンボを捉えると、キラッと瞳が輝いた。
コートに向かう途中で背後から聞こえてきた「ギャアア!」という断末魔の叫びを、紬希は聞かなかったことにした。
---
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます