16-07 しゃぼん玉とんだ

「あった、公園だ」

 アプリの地図を頼りに、二人は緑が茂る公園に来ていた。

 梅雨の晴れ間の週末ということもあり、遊具にはたくさんの子どもが群がり、芝生では何組もの親子がボール遊びやバドミントンに興じている。

 ここに都会の喧騒はない。

 ゆったりとした時間と、キャアキャアいう楽しそうな声が満ちていた。




「虹を見たときって、なんだか嬉しくなるよね」

 ヘッブの使い道を決定づけたのは、その一言だ。

 他人の感情や能力をヘッブで特殊な状態にしたくない。

 そんな紬希の意見を前提に、二人はどうしたら効果をささやかなものにできるのか頭をひねった。


 気分が上向くけど、だからといって、衝動的な気持ちに駆られないもの。

 それを考える中で出た意見というか、例え話が虹だ。

 この発言で二人はにわかに盛り上がり、そこから話が固まるまでは早かった。




 二人は公園のベンチに腰かけて、あたりを見渡した。

「うん、良さそう」

「だね。じゃ、モルモル。お願い」

 二人が手を差し出すと、その瞬間にストローと、液体の入った容器が手のひらに現れた。

 それに驚きもせず、二人は容器のキャップを開けて、ストローを液にひたした。

 そうして膜の張った先端を公園で過ごす人たちの方へ向けると、フゥーと息を吹き込んだ。



「あっ、しゃぼん玉だ!」

 先端から次々と吹き出すそれらは風に運ばれ、思いのほか速く、遠くまで飛んでいく。

 遊具まで届いた一部に子どもたちがいち早く気づき、無邪気な声を響かせた。

 はしゃぐ子どもに掴まれたり、服に触れたりして、しゃぼん玉がひとつ、またひとつと割れていく。

 その様子を見て、思わず二人はほほ笑んだ。


 遊んでいる親子、レジャーシートやベンチで休んでいる人、犬の散歩中の通行人。

 公園のいたるところにしゃぼん玉は飛んでいき、様々な人たちに当たっては消えていく。

 その人たちの表情や動きに別段変化は見られないが、内面では、なんとなく嬉しいような、得したような気持ちになっているはずだ。



 ヘッブで空に虹を架けるのは、モルモルいわく無理だった。

 だから考えた代案が、しゃぼん玉だ。

 ヘッブのしゃぼん玉が体に触れた人は、なんとなく虹を見たときのような気持ちになる。

 そんな仕組みにして、二人はヘッブの効果や範囲を限定した。


 しゃぼん玉は普通と同じで、何かに触れれば消え、それが人だった場合に力を発動させる。

 用意周到なことに、しゃぼん液に触れたら汚れるという気持ちを生じさせない効果と、しゃぼん玉を飛ばしている主に注意が向かない効果を付加しているため、誰も嫌な気分にはならないはずだ。

 実際に、ヘッブのしゃぼん玉は人や物を汚すことはない。

 他人の役に立っているかと問われればそうでもないが、悪いことかと問われればそれも違う。


 二人はのどかな気持ちでしゃぼん玉を吹き続けた。

 しゃぼん玉なんていつぶりだろう。

 そんな懐かしさや照れのようなもので、なんだか心がくすぐったかった。


 無心にしゃぼん玉を生み出す。

 このゆっくりとした時間が、二人には大事なひと時のように感じられた。

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