16-05 しゃぼん玉とんだ

 気を取り直して、三人はガス抜きについての議論に入った。

「優芽ちゃん、もし願いが叶うんだとしたら、どんなことを叶えたい?」

 厳密にはヘッブはそんな魔法のようなものではないが、そう言った方が進めやすい。

 紬希はメモ帳とペンまで取り出して、本気さをあらわにした。

 もちろん、事前にモルモルに厳重注意し、ヘッブの誤作動対策もバッチリだ。

「えー? 勉強しなくてよくなりたい」

 黒丸の後に、紬希は優芽の言ったことをそのまま書き写した。

 促されて、優芽はどんどん願いを口にしていく。


 お金がほしい。

 欲しいものを手に入れる。

 ずっと起きていられる体になる。

 相手の心を読む。

 太らなくなる。

 時間を巻き戻す。

 空を飛ぶ。

 超能力。

 魔法。

 世界平和!


 しかし、いざ叶えたい願いは、と聞かれると、思うように答えが出てこない。

 ありきたりで、ピンとこなくて、ヤケクソだ。

 それらをクソ真面目にすべて書き留め、紬希は「ふむ」と冷静に考えを巡らせ始めた。

 己の煩悩を丸裸にされるみたいで優芽はなんだか落ち着かない気持ちになった。


「モルモル、実際のところどうなの? 可能なの?」

「もっと具体的にすれば、可能なものもある」

「具体的っていうのは?」

「たとえば、勉強しなくてよくなりたいというのも、テスト中に勉強のできる生徒と手を同期させて高得点を狙うという方法なら可能だ」

「おお、紬希。同期しよう!」

「他は?」

「無視しないでー! 冗談だって!」


 無視、というより、まるで耳に届いていない。

 分析モード全開の紬希の前でふざけた自分がいけないのだと、優芽はそっと両手で顔を覆った。


「同じ勉強しなくてよくなるという願いであれば、指定した情報のみをしっかりと記憶に残すという方法もとれるが……優芽の場合はヘッブの量も質も足りないだろうな」

「悪かったね、救いようのないバカでっ! 泣くよっ!」

 顔を覆っていた手はすぐさま怒りで振り上げられ、モルモルを威嚇した。


 しかしそれもすぐに力なく垂れ下がった。

「はあ。勉強しなくてよくなるの無理じゃない?」

 それを見て紬希の目が光った。

「優芽ちゃん、まさか本気じゃないよね? 私はヘッブの情報が欲しいから、まずはいろんな願いを並べてみてるだけだよ」

「ま、まさか~……」

 誤魔化しながらも優芽の目は泳いでいる。

 そんな優芽を紬希は親のように諭した。

「優芽ちゃん、他人の力でつかんだものなんて虚しいだけだよ。ヘッブで楽をしても、絶対に幸せにはなれないよ」

 噛み締めるように言われて、優芽はしょんぼり縮こまった。


 紬希にとってはそうかもしれないが、優芽にとっては勉強なんて回避できるに越したことはない。

 紬希と違って、自分にとっては努力したぶん実るものではないのだから。

 それに、なにも成績を上げて天狗になりたいわけではない。

 勉強せずに済めば、それで十分なのだ。


 でもそれを言うと紬希はさらに説得してくるだろうから、優芽は反省したふりをしてやり過ごすことにした。

「いや、ムーはもう優芽の一部だから、他人の力というのは違う。ヘッブはもう優芽の能力でもある」

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