16-04 しゃぼん玉とんだ

「確かにヘッブは作られ続けているよ。生理的なものだから、生成を止めることはできない。ただ、さっきのウナギの話じゃないけど、常にムーの体を覆うために分泌され続けているから、使われなくなった分はそこで調整が――」

「えっ、それって常に誤作動の危険があるってこと!?」

 思わず紬希の声が荒くなった。

「通常では問題ないよ」

「通常ではって……」


 いつも通り平然と答えるモルモルに、紬希は憤りを通り越して呆気にとられた。

 ついつい忘れがちだが、モルモルに言葉は通じても、必ずしも自分の常識は通じない。

 紬希はため息を飲み込んで、辛抱強く話を続けた。


「誤作動には何か条件でもあるの?」

「ムーを覆っているヘッブはムーにとって必要不可欠な機能を果たしている、言わば使用済みの状態だからヒトの想像に反応することはないの。だけど、ヘッブの生成と消費のバランスが崩れれば、やむを得ず必要以上のヘッブで体を覆うことになるから、不測の事態が絶対に起こらないとは言いきれない」


 モルモルの説明に紬希は絶句した。

 ドナーを失うことは生命に関わる不利益、と言いつつ、なぜこんなにもヘッブの扱いがゆるいのだろう。

 先代たちの何人かは、このゆるさと説明不足の犠牲になったに違いない。

 そう思い至り、紬希は価値観の違いというものが生み出す悪意のない凶器におののいた。


「モルモル、それはドナーに説明すべきことだよ。起こるかはわからないけど、もしそれでヘッブが暴走したら、ドナーは危険になるでしょ? それはモルモルにとっても都合が悪いよね?」

「……確かに」

 短いながらも、モルモルの声色には重みがあった。

 どうやら事の重大さを理解してくれたようだ。



 紬希は今話し終えた内容を優芽に伝えた。

 彼女は両手で頬杖をついて、モルモルの方に鋭い視線を注いでいた。

 相変わらず返ってきたのは「へぇ」という他人事みたいな反応で、やはり自分の事となると彼女はどうでも良いみたいだ。


「まあ、あたしに何かあるとモルモルも困るし? 適当にヘッブを使って予防すればいいんだね?」

 優芽は腕を組んで、むすっとしながら言った。

 よほどモルモルの口調が気に入らないらしい。

 モルモルの試みは、話がわかりやすくなるどころか、彼女からちゃんと聞こうという意欲さえも失わせたようだ。


「どのくらいの頻度で使えばいいの?」

「それは提供された夢と、現実化したい想像によって変わるね。思い立ったときにバランスよく、としか言いようがないかな」


 モルモルとやり取りしつつ、紬希はいつ優芽が爆発するかと気が気でなかった。

 さっきからスマホを見る目つきがどんどん怖くなっているのだ。

 ここからは優芽にも案を出してもらいたいのに、これでは具合が悪い。


「あの、モルモルさん。そろそろその口調やめません?」

「どうしてかな?」

「どうしてって……」

 しかし、モルモルはまだ自分で自分のしゃべり方を駄目だと思っていないらしい。

「じゃあ優芽ちゃんにジャッジしてもらおう! ね! 優芽ちゃん、今の口調で、モルモルの話は前よりわかりやすくなっ――」


「んなわけあるかっ!」


 ぎろりと、優芽がスマホを睨んだ。

「最初っからやめてって言ってたでしょ!? 無理! 不快! 余計わかりにくい!」

 あまりに率直な物言いに、思わず紬希がひえっと息をのんだ。

「駄目だったか?」

「ダメ! おととい来やがれ!」

「……一昨日に来ることはできないぞ?」

「かぁーっ! あたしがたまに難しい言葉を使うとこれだよ!」

 頭を抱える優芽に、悪いと思いながらも紬希は吹き出した。

 何だかんだで良いコンビだ。

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