16-03 しゃぼん玉とんだ

「結論から言うと、ムーは優芽からしか栄養をとれないよ。食料の提供にはパイプが必要で、それを構築できるヒトのことをドナーと呼んでいるからね」

「ねえ、そのしゃべり方本当やめて。ただでさえ難しいのに、その取って付けたみたいな語尾が気になってよけいに頭に入ってこない!」

 話の腰をボッキリ折って、優芽は頭を掻きむしって叫んだ。

 モルモルには悪いが、紬希も同感だ。

 前までの無機質なしゃべり方と女性寄りの口調が混ざって、違和感がすごい。


 しかし我慢して、紬希は話を元に戻した。

「それこそヘッブの力でなんとかできるんじゃないの? ヘッブは人の想像とかに触れてるじゃん」

「それはヘッブの性質にすぎないよ。ガスの近くに火の気があれば引火するのと同じで、ヘッブはヒトの想像に反応しているだけなの」


 とは言え、優芽にはもちろん、ヘッブは紬希にも使えたし、なんなら紬希を媒介に、ヘッブのことを知らない渡辺にも使うことができた。

 ならば、モルモルが食事のために使うことくらい、造作もないことのように思える。


 そんな紬希の主張を、モルモルは否定した。

「そもそもの話、ヘッブをヒトと同じように扱えるような、ヒトと同等の精神活動を有しているのなら、自分で自分の夢を食って生きていけばいいという話になるでしょう。それができないから、食料となり得る精神活動をしている他種族と共生する必要が出てくるの」

「……モルモルはヘッブを使って想像を現実化できないってこと?」

「ムーにとってヘッブは、例えるならウナギの粘液のようなものなんだよ。あれも生きるために必要だから備わっているけど、体を覆う以上の使い方はされないでしょう?」


 ヘッブは生きていくために必要だから備わっている。

 以前モルモルの言っていたことが思い出された。

 モルモルにとってヘッブとは、仮死状態になったり、姿を隠したり、物体をすり抜けたり。

 そうやって生命を維持したり、外敵から身を守ったりするためのものなのだ。



「……終わった?」

 話が途切れて少ししんとしたところで、すかさず優芽が口をはさんだ。

 紬希とモルモルが話している間中、彼女は猫背でテーブルのスマホを見下ろしていた。

 モルモルの口調が気になって、いつも以上に話が頭に入っていないに違いない。


 紬希が今話していたことの概要を伝えると、彼女は「ふぅん」と興味なさげに唸っただけだった。

 相変わらず二大リスクに対しては無関心らしい。



 そんな優芽に、紬希はもっと関心を持ってほしいと思った。

 優芽にとっては誰かの役に立つことが重要で、モルモルがドナーからしか栄養をとれないというのはむしろ喜ばしいことかもしれない。

 だが、紬希にとって大事なのは優芽だ。

 大事な友達を危険にさらしたくない、失いたくない。

 その一心で、彼女はなんとかして優芽をモルモルから解放したいと思うし、きっとこれからも方法を考え続けるのだ。



 だから、彼女には他にも懸念があった。

 それが次の議題だ。

「あのさ、ヘッブって大丈夫なの?」

「どういうことかな?」

「梅雨入りしてから変身する機会がなくなったでしょ? でも、ヘッブは満腹の副産物って言ってたし、使っていなくても作られ続けてるんじゃない? じゃあ使わなくなった分、増える一方なんじゃないかと思って」


 さっきまでの議題が虚ろのリスクに関することなら、今度はヘッブの暴走に関することだ。

 ヘッブの仕組みの詳細はわからないが、もし溜めておける量に限りがあって、増えすぎると勝手に放出されるとか、爆発するとかだったら大変だ。

 何しろヘッブはその危険さに反して、誤作動を起こすような代物なのだ。

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