第21話 耳なしウサギと会った日①



 莉子はアパートの部屋の窓の目張りをはがし始めていた。

 何より暑い。いくらクーラーをかけても換気をしないからこの部屋は外にはない変な暑さだ。

 窓を開けたら波音が自由に出入りする。止まない波は時をただ前に前に推し進める。ずっとそう思ってきた。海が怖かった。音しか知らない海。遊んだことのない、泳いだことのない、部屋に溜まっていつかあふれるだけの海。

 折りためた折り紙を引き出しから出す。あさがお、つばき、ひまわり、イチョウの葉、つばめ、きんぎょ、クジラ、ヨット。ヨット。

まっさらな折り紙の束から一枚の真四角を選ぶ。金色だ。一枚しか入っていない特別な色。

 角と角を合わせて三角形。平面のままぴったり閉じた三角形。山折り、谷折り、ふくらませて割り折って。やがて立体になり風を受ける。五隻のヨットを糸で連ね窓辺に吊るす。初めてまともに開けた窓はアルミサッシの上を思ったよりずっと軽くすべる。

 風が入る。風は音を連れてくる。木々のざわめき、自転車の走る音、飛行機の翼が大気をきる。

 水は形を変え、雲になる。雨になる。氷になる。

 海鳴りは、音楽堂のあるあの場所まで運ばれ砂と一緒に音は風に乗る。それはやがてどこかの窓へ。

 思い出す。


 子どもの頃。

 ちょうどウサギを折った日。折り方を見なくてもわかるくらいウサギをたくさん折った日。窓辺で空を見ていたら舟に乗ったウサギがゆったりと夜空を漕ぎ進みながら近づいてきた。

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