ベルフォール帝国へ

 ハッテンベルガー将軍の軍が野営しているローレンツ地方に向けて馬を走らせる。

 急ぎ過ぎたら馬が潰れる。急がなかったら間に合わない。うん・・色々試されているのは分かっているさ。

 やっぱりフォレット家やスパーク隊の説得に時間を取られたか。あまり余裕が無いかも。

 そんな事を悶々と考えていたら、同行者から声が掛かる。


「少し速度が早いかと。これでは馬は持ちません」

「これより落としたら間に合わないだろ。ハッテンベルガー将軍はボクを待たないとはっきりと言ったんだよ」

「野営をたたんで出立する予定時刻を聞かないのがいけないのです。夜明けに出立するというのは確認した事ではありませんよね」

 

 ぐ・・・。的確過ぎて胸が痛い。ボクには足りない事が多い。だから従者として連れて来たけど。

 

「ならば・・ハッテンベルガー将軍の軍の出立時間は予想できるのかい?」

「軍勢は輜重隊を同行させていない構成でした。ですが王太子の先発隊が同行しているのであれば、ある程度の食料は準備しているはずです。ご側近は馬車で移動されいると聞きました。出立には相応の時間がかかると推測します」

「ふうん。どの程度だと思う?」

「早くても三針(3時間)は必要でしょう。王太子の側近はこのような行軍をした経験が無いはずです。同時にハッテンベルガー将軍が待てる限界の時間でもあるかと推測します」

「成程ね。それを含めると少し余裕はできるのかな?」

「人も馬も休息は必要です。ローレンツに入る前の街道に休息所があります。そこで少し休みましょう。その時間は必要です」


 確かにね。結局王太子の先発隊の扱い次第かな。表向きは国の大使扱いだから酷い扱いにはならないと考えてよいだろう。それにボクが合流してからも行軍は続く。ヘロヘロになって合流する訳にはいかないか。

 無茶をしない程度に無理する感じだね

 あとは・・休憩がてら同行者・・・白ローブの扱いをどうするか話をしないと。

 マスクで顔も隠している人物をハッテンベルガー将軍は受け入れるだろうか。そこが疑問だ。ボクとしてもかなり微妙だ。

 

 

 暫く馬を走らせて目的の休息所にはいる。この国では街道の要所に簡易宿泊所のような建物があるんだ。野宿するよりはマシな施設だけどね。そこの一室を使う事にする。

 ・・・一室でいいんだよな。

 うん?・・いいんだよね。

 などど思いながらも馬の世話と自分達も水分補給をする。少し眠ろうとしたのだけどお互い眠れないようだ。

 ・・・・少し話しをするか。と、いうか話をしないといけない。


「そういえばさ。ベルフォール帝国でもローブとマスクで過ごすつもり?」

「帝国側が許可してくれるなら希望します」

「素性が分からないけどボクの従者だからいいですか、とボクに言えと?」

「諸々承知で同行従者として選んでもらったと理解しています」


 ほうほう。成程。言い出せないのは仕方ないのかな。

 ボクが気づいていると知っているのだろうか?


「もしかして・・気づかれてないと思っている?」


「・・・なんの事でしょうか?」

「慎重に隠していると思うけど。クセは隠せないよ。と言っても、ボクも最近になって気づいたんだよ。そっからはずっと注意していたんだ。この意味が分かるよね?」


 沈黙が流れる。

 ・・・何が躊躇いになっているんだろう。

 

「一つだけ言わせて欲しいんだ。ボクは裏切られたとか思ってないよ。そりゃ・・事情を話さないで離れられたのは悲しかったけど。事情があったんでしょ?」


 白ローブの人は手で顔を覆う。・・マスクしているから実際は顔じゃないけど。ローブから見えた手は荒れていた。・・・爪も整えて綺麗な指だったのに。

 なんとなくだけど・・泣いているんじゃないのか。


「・・なさい。・・ご・・ごめんなさい・・・」

「違うでしょ。どっちかというとボクが謝らないといけないと思っているんだけど。だってボクに力が無いから。ボクを守るためにフレーザー侯爵・・いやチェスターさんかな・・その指示に従ったんでしょ?」


 マスクがボクの方を向く。・・・うん。感情がさっぱり分からないよ。驚いているのかな?


「・・どうしてそれを」

「知っての通りフレーザー領が大変な事になっているじゃない?フレーザー侯爵の消息は不明なんだけど。その際にいくつかの権限や人を与えてもらったんだ。それから情報を仕入れた。後は考えるだけ。それ程難しくなかったよ」

「・・・」

「理由は分からないけど。どうしてかボクは命を狙われていたらしいね。それもフレーザー家の家臣か使用人に内通者がいたらしいんだよね。その人達は後で粛清はされたようだけど。それまで危なかったんだね。その時は知らなかったからさ。言ってくれればボクも注意したんだけど。あえて、教えなかったんだね」

「・・はい。一番疑わしかったのがトラジェット家でした。内通者もトラジェット家が手引きしているんじゃないかと。それでトラジェット家に戻って探って欲しい、もしくは抑止力になって欲しいと指示されました」

「ボクを見限って、トラジェット家に戻れば、ボクが惰弱で跡取になる器じゃないと思ってくれる可能性はあるからかな?確かにフレーザー家でも敵意溢れる歓迎を受けていたからね。とってもきつかったけどさ。内通者の目を騙すためだったんだね」

「・・はい。断腸の思いでした。毎日が苦しく。レイ様は本当に大丈夫なのだろうか。フレーザー家当主は裏切らぬか。心落ち着かぬ日々でした。結局トラジェット家の寝返りを抑制する事ができず。このような事になってしまい、もうどうにかなりそうでした」

「本当に心配かけたね。でもさ、ボクがフォレット家にいるのは何故分かったの?」

「ウエストブリッジ隊は兵以外にも情報を集める者も鍛えていました。その者達の情報網にレイ様が実家におられると分かったので急ぎ駆け付けたのです」

「そっか・・・本当にありがとうね」

「いえ・・一番危ない時に役に立てず。自暴を起こしそうになっていました」


 ええ?それは困る。・・でも目の前にいるという事は踏みとどまってくれたんだろう。・・よかった。


「・・ハハハ。でもお互いに無事で良かったね。これからはボクの側に居てよ。ねぇ・・・クレア」


 目の前の彼女・・クレアはびくりと硬直する。

 ボクはクレアの手を取ってマスクから離す。素直に従ってくれたのでマスクに手をかけて外したかったんだけど・・・。

 あれ?・・これってどうやって着脱するんだ?ちょっと力を込めても外せない。

 焦っている所に、クスリと笑う声が聞こえる。

 ボクの手に自分の手を重ねて外す場所に導いてくれる。ああ・・・これね。

 パチリと留め具を外してマスクを取る。ローブのフードは外れているから素顔が現れる。


 うん。やっぱりクレアだ。

 でも・・もちもちした頬は荒れてカサカサだ。唇もカサカサだ。綺麗だったグリーンアイも濁っているような・・目の下のクマが一番酷い。ブルーブラックの艶のある髪もぼさぼさだ。

 ・・こんなに苦労して・・・。嬉しいのだけど・・思わず泣けてしまう。・・明らかにボクより酷い環境に身を置いた証だ。ローブとマスクで隠していたのは自分の見た目を隠す目的もあったのかもしれない。

 

「レイ様。駄目ですよ。クレアの為に泣いてはいけません」


 ボクの頬に流れる涙をすくいながら囁くクレア。

 やっと会えた。何か押さえられなくなってクレアに抱きついてしまう。クレアもボクの背中に手を回してくれる。

 

 ああ・・・。良かった。クレアも本意ではなかったんだ。

 クレアは罪の意識を重く感じているようだけど。それは時間をかけて解していこう。

 

「・・良かった。ボクはクレアに嫌われていない事が分かって本当に良かったよ。とっても安心した」

「あり得ません。今回の事もレイ様のためだからと苦渋の判断だったのよ。でも今も任務は継続中だと思うのだけど。レイ様はどう思うかしら?」

「そんなの・・ボクと一緒にいれば問題ないでしょ?状況がすっかり変わっているんだし。そもそもフレーザー家が無理やり言って来たんだから。クレアはフレーザー家の使用人じゃないのにさ」

「いえ・・レイ様がフレーザー家に養子と入られましたでしょ。その時からクレアはフレーザー家の使用人ですよ」

「違う」

「・・・」

「クレアは生涯ボクだけの従者であり侍女だ。他の人の指示や命令は聞く必要が無い。いいね?」


 返事の替わりに、きつく抱きしめられる。・く・・苦しい。でも嬉しい。

 

「へ・・返事・・は?」


 き・・きつい。


「はい。クレアは生涯レイ様の側から離れないわ。もう取り消せませんよ。嫌われても側にいますから覚悟してね」


 満面の笑みで笑ってくれた。

 ・・よかったよ。

 

「うん、覚悟しとく。クレアもボクの知らない所で変なオヤジ共の言う事聞いちゃダメだよ。それ、本当に禁止だからね」

「はい、承知しました。これからもクレアを好きにできるのはレイ様一人だけですよ」


 うう・・・言い方があるでしょ。・・いや。間違っちゃいないのか。えへへ。

 

 なんとかクレアと話ができた。

 本当に良かった。


 その後ボク達はもうちょっとだけ休憩する。

 お互い積もった話をした。

 話はたわいも無い事ばかりだ。

 

 フレーザー家での生活。

 ウエストブリッジ隊の訓練の様子。

 レックス商会を解体したコリン叔父さんが王都での商売に失敗してしまった事。商会の資産はクレアが回収して王都で細々と営業しているらしい。信頼できる従業員を雇ったとか。

 そういえば・・フォレット家でもコリン叔父さんの行動について謝罪されたっけ。コリン叔父さんはどこで何しているかは今は分からないそうだ。

 その話の中で残念な事があった。

 クレアもフォレット家は実家なんだけど。素性を隠していたので挨拶ができなかったんだって。多分フォレット家の面々は誰一人気づいていかなった筈。クレアが距離取っていたしね。

 クレアのお父さんでもあるアーサー叔父さんにも挨拶していなかったみたい。

 ボクは残念だと思ったけど。クレアはケロリとしていた。

 そんな話をしていた。

 

 勿論ベルフォール帝国軍に追いつくために休憩が終わったら移動を開始する。

 お互いの心持が変わったからなのか移動のペースは早かった。明け方にはベルフォール帝国が野営している場所についたんだ。

 

 合流した後はハッテンベルガー将軍と一緒にベルフォール帝国に入国したんだ。

 

 見知らぬ土地で学ぶことは簡単では無い。でもクレアがいる。


 もう一人じゃない。


 うん。頑張れそうだ。

 いや、頑張るんだ。

 そしてフレーザー領を取り戻すんだ。

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