#06 Original text
指を鳴らす音が響く。
アパートの一室に無限のように湧いて出る、狼の皮をかぶった肉塊——ウールブヘジンがサラサラと崩れ、またひとつ砂山が増えた。
そろそろ指が疲れた、とヴェルザンディは長く溜息をついた。
「と、まあ、ワタシにしか使えない魔法……《現在における全てを知る者》の制御ができなかったお陰で、オージンの計画を読み取れたわけだ。
その脇でロキが、魔法がこもったレイピアを持ち、ブスブスとウールブヘジンを刺す。
タイミングを見計らって、ロキは武器の持っていない手を顎近くに寄せて、急にかまととぶった。
「人の思考を読み取るとか、怖〜〜〜〜い! ボクの思考まで読んだらプライバシーの侵害で訴えるぞ♡」
「ぁあ⁉︎」腕を組むヴェルザンディは鼻に皺を寄せ、額に複数の青筋が浮く。ロキのぶりっ子が不愉快極まりない。
徐にヴェルザンディが指を鳴らすと、ウールブヘジンを刺そうとしたレイピアが天井へと飛び、突き刺さった。
「あああああああああ! ちょっっと! んぶっ」
突然ロキの手元から武器が消え、動揺している間に、転がっていたウールブヘジンに足を取られた。
顔面を床で強打し、その額の真下から、新たなウールブヘジンがニョキッと顔を出す。「コンニチハ?」と言わんばかりに目を点にして。
「あれは滅多に使わねえよ! あん時は生まれたばっかりだったから、魔法の制御ができなかっただけだ!」
「そんなことどうでもいいから、ボクのレーヴァテインを返してよ!」
ロキは、出てこようとするウールブヘジンに頭突き。
「自分で取れるだろうが!」
「敵が邪魔ー!」
天井に刺さったまま落ちないレーヴァテインと呼んだ武器を指差す。それから拳で、気を失ったウールブヘジンを殴って粉砕した。
ヴェルザンディは、ぐしゃりとウールブヘジンの頭を踏み潰し、彼の言葉を華麗に無視。チカゲを横目に指を鳴らす。
「うおぉ⁉︎」
冷蔵庫の前にいたチカゲは、右腕に砂を掛けられたような感触に目を剥いた。彼の腕を掴もうとするウールブヘジンの腕が弾けたのだ。
肌に付いた砂を払い落としながら、逃げるように冷蔵庫を壁のようにして横に並ぶ。
指をさすり、ヴェルザンディは家具と同化するチカゲに顔を向けた。
「大丈夫か?」
「俺は大丈夫だけど……ロキ様はいいの?」
「そうだそうだ! ボクの大切な大切な大切なレーヴァテインを手元に戻せ!」
横に倒れるウールブヘジンを足場にして、天井に突き刺さっているレーヴァテインを取ろうと手を伸ばす。
だが、敵に邪魔をされて、レーヴァテインに触れることすら難しいようだ。
「そういえば実験に失敗したとか言ってたけど、どんな実験?」
「……あとで説明する」
チカゲの問いに、ヴェルザンディは触れたくないかのように顔を背けた。気を紛らわすように、床の隙間から現れるウールブヘジンを砂にしていく。
あまり話したくない事情でもあるのかと、チカゲは黙った。
ヴェルザンディはわざとらしく咳払いをし、話題を戻す。
「とにかくだ。ワタシもオージンも、未来を変える為に原典を書き換えようとしてる。どちらが先に書き換えるか、競走中っていう状況だな」
「ヴェルがオージン様の目的を阻止したいってことは理解したよ。でも、何でそれが原典を書き換えることになるの」
やっとレーヴァテインを取り戻し、喜んでいたロキが、リビングにあるテーブルの上に飛び乗る。
「インクちゃん。そもそも原典っていうのは、この世の理なんだよ」
ロキはレーヴァテインを持ち替え、チカゲの顔の横に投げた。
「……」その速さにチカゲの黒髪が揺れ、目を見開く。
恐る恐る視線を左に向けると、壁から伸びたウールブヘジンの手を突き刺していた。
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