#05 ……unnecessary‼︎

 ヴェルザンディが人間だった頃、父と二人で暮らしていた。周りにいた人間は、簡単に彼女を傷つけた。

 心の殻に閉じこもっていた時、父が買ってくれた一冊の漫画と出会ってから、ヴェルザンディの人生が変わった。

 本やゲームなどの作品に住む住人キャラクターは、決して読者の体を傷つけない。

 作品は別世界。作品に触れている間だけは別の世界にいて、別の誰かになっているような気分になれた。

 例え、一時凌ぎだとしても、絶望的な人間生活では救いだった。


 〝魂の欠片〟は教えてくれた。

 人間として死ぬ前、神々の黄昏ラグナロクで世界が崩壊したことが原因で、好きな漫画の最新巻が発売されなくなったことを。

 沸々と湧く激昂を感じ、ヴェルザンディは顔を俯いたまま呟いた。


神々の黄昏ラグナロクで百年前にリセットされたら、漫画の最新巻は百年延期される……そもそも同じ作品が生まれるとも限らない』

『何か思い出してきたのか? だがのぅ、声が小さくてよく聞こえんのじゃ』


 オージンは耳に手を当てる。


『リセットされた上に、人間まで全員消されたら……本も、アニメも、ゲームも何もかも存在しない、つまらねえ世界だ……』

『いい加減に、この我にもよく聞こえるように言いなさい。……やはり人間の器に神の魂を入れたのは無謀だったか』


 オージンは機械のように無機質な顔だった。


『壊れた神は不必要。ウルズは成功したが、人間の器では失敗という結果で終わりそうじゃな』


『一番マシなものができたのにのぉ』と背中を向けるオージン。

 ヴェルザンディは立ち上がった。額にかかる髪が目元を隠す。青筋を張り、熱を帯びて白い肌が朱くなっていた。


『おい、クソジジイ』

『今、何と言ったか?』


 足を止め、ゆっくりと振り返る。怒りで震えるオージンの体からは、青い泥状の神威が漏れ、垂れていた。

 はち切れんばかりに浮き出た血管。

 目尻を険しく吊り上げ、憤慨した顔を見れば、言葉がなくてもわかる。『今すぐにお前を潰してやる』という警告を発していた。

 だが、ヴェルザンディは決して臆さない。その双眸からは青い光を、全身からは黒い神威を漂わせる。


『クソジジイって言ったんだよ。よく聞け。この世界にはなァ、神々の黄昏ラグナロク神々の楽園グラズヘイムも要らねえんだよ』


 神々の楽園グラズヘイムと聞いて、オージンは眉をピクリと動かした。

 さらにヴェルザンディの周りには黒い霧が漂う。


『クソなジジイ社長を敬い、反抗しない、従順な神々社員だけをかき集めた楽園会社に、未来なんかねえ』

『カイシャ? シャイン? 初めて聞く言葉だのぉ』

『自己満足な楽園を作る為に、誰かを犠牲にするな。クソジジイが気に入らなくて首を切った奴にしかできねえ役割があるんだよ!』

『ほう。その口ぶりだと、我の計画を知っているようだが、はてさてどこで知ったのか?』


 ドロリと青い神威が流れる。

 食いついてきた、とヴェルザンディはのどを鳴らして笑った。


『そうか、確かにそうだ。ヴェルザンディの魔法を扱えるということだな? 実験は成功としよう。だが——計画を知って、お前はどうする?』

『潰す』

『真っ向に我と敵対するか。ならば、どうやって計画を阻止するつもりなのかい? 何の手段もない赤ん坊が』


 ヴェルザンディの海のような瞳には、オージンの頭の中で計画以外のものも見えていた——黄色い表紙の原典を書き換えようとするオージンの姿。そしてその声もはっきりと覚えている。


『原典——ワタシが相応しい未来に書き換えてやらァ。誰かの為だけの世界なんざ絶対に作らせねえ! このクソジジイがあああああああああ‼︎』


 ヴェルザンディは最高神に反逆はんぎゃく咆哮ほうこうをあげた。



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