第206話 置き去りの私

 先程の場所へ行ってみるとアドルフ様の姿は無く、女子生徒たちが揉めていた。


「アドルフ様、何処へ行ったのかしら?」

「大勢でおしかけるからよ!」

「あら?抜け駆けするするつもりだったの?」

「何よ。皆で行こうって言ったのは誰かしら?」


「良かった……アドルフ様は誰も選ばなかったのね」


 安堵した私は再びアドルフ様を探し始めた。



**



「おかしいわ……アドルフ様。本当に何処へ行ってしまったのかしら……?」


 あれから30分近く探しているのに、一向にアドルフ様の姿が見当たらない。思わずため息を付いたその時――。


「エディット!」


「あ!アドルフ様!」


 振り返るとアドルフ様が私の方に走ってくる姿が見えた。良かった……!私を探しに来てくれた!


「一体、こんなところで何してたんだい?ブラッドリーは……」


 その時、背後で誰かがぶつかってきた。


「キャアッ!」


「エディット!」


 転びそうになったアドルフ様が私を支えてくれた。


「大丈夫?」

「は、はい……」


 アドルフ様は12才になって、背が私よりもずっと伸びて逞しくなっていた。支えてくれた腕が氷室先輩を思い出させる。


 氷室先輩……。

 アドルフ様の腕の中で少しの余韻に浸っているときに、声を掛けられた。


「とりあえずここはダンスを踊る場所だから、危ないから一旦離れよう」


「はい、そうですね」


「それじゃ、一緒に戻ろうか?」


「はい」


そして自然に私の手を繋いでくれる。それがとても嬉しかった――。




 アドルフ様は私がブラッドリー様とのダンスを断ったことを話した時、とても驚いた。

 何故、そんなに驚くのだろう?私とアドルフ様は婚約しているのに?

 その時、私の脳裏に嫌な予感が浮かび……思い切って尋ねてみることにした。


「あの、アドルフ様は……ひょっとして知らないのですか?」


「え?知らないって……何のこと?」


 首を傾げるアドルフ様。


「アドルフ!エディット!ここにいたのか?」


 そこへタイミングよく父とアドルフ様のお父様が現れて私達の婚約が決定したことを説明してくれた。


 話を聞いていたアドルフ様は驚いたように目を見開いている。

 やっぱりアドルフ様は私達の婚約が決定したことを知らなかったのだ。


 おじさまが説明を終えたその時――。


「え?!」


 背後でブラッドリー様の声が聞こえ、振り向くと青ざめた顔でこちらを見ている。


「ブ、ブラッドリー……」


 ブラッドリー様の名を呼ぶアドルフ様の顔も青ざめていた。


「うん?君は確かブラッドリー君じゃないか?どうした?」


 おじさまが声を掛けた瞬間――。


「!」


 ブラッドリー様は背中を向けると黙って走り去ってしまった。

 

「全く、相変わらずあの少年は礼儀知らずだな……」

「ああ、全くだな」


 おじさまと父が互いにため息をついている。私も黙って見ているしか出来なかった。

 まさか、こんな形でブラッドリー様に知られることになるなんて……。


 その時――。


「待ってよ!ブラッドリー!!」


 アドルフ様がブラッドリー様の後を追って走り出した。


「アドルフ様?!」


 どうして……?どうしてブラッドリー様を追いかけるの?


「待ちなさい!何処へ行くのだ?!アドルフ!」

「アドルフ君?どうしたのだ?!」


 おじさまも父も驚いたように呼びかけるのに、アドルフ様は振り向きもしないで走り去っていく。


「アドルフ様……ど、どうして……?」


 私よりもブラッドリー様を優先するのですか……?


 気付けば私の目に、涙が浮かんでいた――。

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