婚約者はこの世界のヒロインで、どうやら僕は悪役で追放される運命らしい

第98話 もやもやする悪役令息

　4時限目は体育の授業で、今日はマラソンだった。

「あ〜ったく、昼休み前に体育でマラソンなんて最悪だぁ…」

更衣室で着替えながら、エミリオがため息をついた。

「全くだよ。何が悲しくてこんな寒空でマラソンなんかしなきゃならないんだ？女子が羨ましいよ」

ラモンが乱暴にロッカーをしめた。

そう言えば確か女子学生は家庭科の授業で、刺繍をすることになっていたはずだ。

「マラソンは身体が温まるから悪くないと思うよ？」

2人を宥めるように声を掛けた。

でもまさかこの世界でもマラソンという授業があるとは……ひょっとして体育教師も日本人の転生者なのだろうか？

そう思いながら何気なく着替えをしているブラッドリーを見た時、僕はあることに気付いた。

「あれ……？ブラッドリー。左腕……どうかしたのかい？」

見るとブラッドリーの左腕に何かで切ったような大きな傷跡がある。

「あぁ？これか？何だ…やっぱりお前、そんなことも忘れちまってるのか？この傷は子供の時に怪我した傷跡だって昔、お前に説明したじゃないか」

「あ、そうだったのかい？ごめん。やっぱり記憶喪失は中々記憶が戻らないものだね」

「何言ってるんだよ。お前は」

ブラッドリーは呆れたようにため息をつくと再びトレーニングウェアに着替え始めた。

そんなブラッドリーを横目で見ながら、僕は何故かモヤモヤした気持ちが沸き起こっってきた。

子供の頃の傷……。

エディットの言葉が何故か鮮明に頭の中で思い出される。

『小さかった頃…私のせいで大怪我をした方に手当をしたことがあったのですけど……慣れていなくて、包帯も満足に巻けなかったことがあったんです』

もしかして、ブラッドリーとエディットは……？

先程のブラッドリーの態度も気になった。

エディットが学校を休んだことを随分心配しているように見えた。

けれど、僕にはブラッドリーに真意を尋ねることが出来なかった。

何故か自分の中に眠るアドルフが僕の考えを拒絶しているように思えたからだ。

そうだ、僕は考えすぎているんだ。

怪我の話もエディットの話もきっと単なる偶然だ。

だから……何も気にする必要は無いんだ。

首を振ると、ロッカーの扉を閉めた――。

＊＊＊＊

　３、４限目の体育の授業も無事に終わり、学食でランチを食べ終えた僕達は食後のコーヒーを飲みながら話をしていた。

「あ〜…やっぱり冬のマラソンは応えるよな……」

ラモンが椅子によりかかりながらコーヒーを口にした。

「全くだよ。アドルフはやけに張り切って走っていたけどな」

チラリとエミリオが僕を見た。

「うん、そうだね。マラソンは嫌いじゃないし」

日本人として生きていた頃は学生時代はよく趣味でマラソン大会に参加していた。

けれど社会人となってからは社畜として日々こき使われ、休みの日にまで身体を動かす気力が無くなっていた。

「なぁ、アドルフも今日はエディットが休みなんだし…皆でビリヤードでもやりにいかないか？」

ラモンが声を掛けてきた。

「お！いいな、それ。お前たちも行くだろう？」

エミリオが身を乗り出してくる。

「あ、悪い。俺はパスだ」

すると意外なことにブラッドリーが断ってきた。

「えっ？！何でだよ！」

「聞き間違いじゃないよな？！」

エミリオとラモンが交互に尋ねる。

「うん、家の用事があって帰らないといけないんだよ。アドルフ、お前が行ってこいよ」

何故かブラッドリーが僕に話を振ってくる。

「う〜ん。でも今週は古代文の試験があるから、悪いけど遠慮するよ」

「チェッ相変わらず優等生ぶりだよな」

「全くだよ。ガリ勉め」

ラモンとエミリオが恨めしそうに見る。

「仕方ないだろ、こいつ馬に蹴られておかしくなってしまったんだから。それじゃ悪いが今日はビリヤードは2人で行ってくれよ」

ブラッドリーが笑いながら、隣に座っていたエミリオの肩をバシバシと叩き、その場は丸く収まった……。

＊＊＊＊

キーンコーンカーンコーン……

本日最後の授業が終わり、ビリヤードへ行くラモンとエミリオはあっという間に帰ってしまった。

「お前は今日は家で古代文字の勉強をするんだろう？」

帰り支度をしながらブラッドリーが声を掛けてきた。

「うん、そうだね」

「そうか、頑張れよ。じゃあな」

ポンポンとブラッドリーは僕の肩を叩くと「それじゃまたな」と言って教室を出て行った。

「よし、僕も帰ろう」

そしてカバンを持つと教室を出ながらエディットの事を考えた。

明日は登校できるだろうか――と。