第69話 気持ちを抑えるのは難しい

 結局、この日は王子の機転の効いた言葉のお陰で僕は母からも、事情を説明した父からも何も尋ねられることは無かった。


そして、エディットには2人が訪ねて来たことを心配させたくはないので絶対に口外しないで欲しいと両親に念を押し……波乱の1日が終わった――。



****


 翌日8時半――


朝食を終えた僕は迎えに来るエディットを待たせないように屋敷の外で待っていることにした。


5分程待っていると、正門を通り抜けて1台の馬車がこちらへ向かって近付いて来る様子が見えてきた。


「エディットの馬車だ」


やがて馬車は僕の前で止まると、御者が挨拶してきた。


「おはようございます、アドルフ様」

「おはようございます」


挨拶を返すと、扉が開かれて中からエディットが顔を出す。


「アドルフ様、おはようございます」


そしてエディットは可愛らしい笑みを浮かべた。


「うん、おはよう。エディット。今日も素晴らしい天気だね」


「はい、そうですね。ではどうぞお乗り下さい」


「ありがとう」


手すりにつかまって乗り込み、扉を閉めると馬車はすぐに走り始めた――。



**


「エディット、今朝も迎えに来てくれてありがとう」


エディットに後ろめたい気持ちがあった僕はいつも以上に笑顔で彼女に話しかけた。


「いえ。こちらのお屋敷は通学路にあたりますので、どうかお気になさらないで下さい。それよりも今朝は外でお待ちになっておられましたね?ひょっとしてアドルフ様をお待たせしてしまいましたか?」


エディットが申し訳なさげに僕を見る。


「違うよ、そんなんじゃないから。ただ、エディットを待たせたくは無かったから今朝は早めに外に出て待っていたんだよ」


「そうだったのですか?そのお気持ちはとても嬉しいですが……お身体の方は大丈夫なのですか?アドルフ様はまだ怪我の具合が良くないのに……」


「大丈夫だよ。昨日よりも怪我の具合がずっと良くなっているからね。心配してくれてありがとう」


「いえ…と、当然のことですから……」


エディットは頬を赤らめている。


「……」


頬の言葉に頬を赤らめるエディットを見ていると、どうしても思ってしまう。


エディットは……自惚れではなく、僕のことが好きなのでは無いだろうかと。


どうしよう?いっそエディットに尋ねてみようか?

僕のことをどう思っているのか……。


「エディット……」


「はい?何でしょう」


エディットの顔を見た時、昨夜の王子の言葉が蘇ってきた。


『助けてやったんだからこれで貸し一つだからな?』


貸し……。

それはひょっとして、僕にエディットから身を引けということなのだろうか?


だとしたら、僕は……。


「アドルフ様?どうかされましたか?」


首を傾げて僕を見るエディット。

そうだ、エディットの真の相手は僕じゃない。


王子なんだ……。

サチだって、昨夜そう言っていたじゃないか。


そこで言いたい言葉を飲み込み、別の言葉を口にした。


「うん。歴史の試験の結果は何時頃貼り出されるのかと思ってね」


「それなら、もう登校する頃には校舎の正面エントランスに貼り出されていると思いますよ。上位15位までが発表されることになっているんです」


「え?!た、たったの15位までしか貼り出されないのかいっ?!」


なんてことだろう!

それじゃ、僕の名前が貼り出されない確率の方が圧倒的に高いじゃないかっ!

絶望的な気分になり、自分の顔から血の気が引くのを感じた。


「アドルフ様?どうかしましたか?何だか顔色が悪いようですが…」


心配そうに僕を見るエディット。


「う、うん……。まさか成績優秀者が15人までしか公表されないとは思わなかったからさ。てっきり30人位は貼り出されると思っていたから…ごめん。エディット」


「え?何故…謝るのですか?」


「それは一夜漬けに近い勉強しかしていない僕が15位以内に入れるはずないからだよ。もし名前が貼り出されれば後ろめたい気持ちを持つことも無くエディットと……」


そこまで言いかけて自分がとんでもない言葉を口に出していることに気付いた。


しまった!

これでは学院生活をエディットと一緒に過ごしたいと言ってるようなものじゃないか!


その証拠にエディットだって驚いたように目を見開いて僕を見つめている。


「あ、い、今の台詞は……」


「大丈夫です、アドルフ様」


するとエディットは満面の笑みを浮かべて僕を見た。


「え?」


「アドルフ様は必ず成績優秀者として15位以内に入れます。自信を持って下さい」


「そうかな…?だけど頭の良いエディットに言われると、何だか大丈夫そうな気がしてきたよ」


「はい、どうぞ御安心して下さい。だけど……嬉しいです」


エディットは再び頬を赤らめた。


「嬉しい?」


「はい。アドルフ様は……私のことも考えて、勉強を頑張って下さっていたのですよね?その気持が…とても嬉しくて……」


「エディット……」


あの時僕が歴史の勉強を頑張ったのは、単に自分の為……悪い点を取りたくは無かっただけなのに。けれど、エディットは僕が試験勉強を頑張ったのは自分の為でもあると思いこんでいる。


本当はそんなんじゃ無いのに…。


けれど今の僕はエディットの為に成績優秀者として掲示板に名前が貼り出されることを祈っている。


脳裏にサチと王子の顔が浮かんで……消えていく。


「うん、エディットの言う通りだよ」


気づけば僕は、頷いていた――。

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