第49話 ヒロインから手当を受ける悪役令息
ズキズキ痛む身体を引きずるように校舎の出入り口に辿り着くと、そこには背中を向けたエディットが1人で立って待っていた。
「ごめん、エディット。待たせちゃったね」
背後から声を掛けると、エディットが振り向いた。
「アドルフ様…え?」
笑顔で振り向いたエディットの顔がたちまち曇る。
「どうしたのですかっ!その傷は!」
エディットは突然僕の左袖を掴んできた。
ズキッ!
左腕に痛みが走る。
「う!」
思わず顔をしかめてしまった。
「きゃ!す、すみませんっ!」
小さく悲鳴を上げたエディットは慌てた様子で僕から手を離すと見上げてきた。
「アドルフ様、その怪我はどうされたのですか?あちこちアザだらけじゃありませんか。口元にもアザが出来ていますよ?」
「そうなんだ。鏡を見ていなかったから分からないけど…どうりでズキズキすると思ったよ」
「まさか……喧嘩でもされたのですか?」
「違う違うっ!これはね、6時限目の剣術の練習試合の対戦で怪我したんだよ。しかも当たった相手が悪くてね。何と、彼は代々騎士の血筋の家柄で、騎士団に入隊しているそうなんだよ」
そんな相手を僕の対戦相手にするなんて……ひょっとして学院の陰謀なのだろか?
それともこれが悪役令息の僕の運命…?
「そうなのですか?でもだったら何故医務室に行って治療をされなかったのですか?」
「だってそんなことをしたらエディットを待たせてしまうじゃないか」
今だって待たせてしまったのに…治療を受けていたら待ち合わせにかなり遅れていたに違いない。
こんな時、日本の暮らしが懐かしくなる。
スマホがあれば医務室に行ってもエディットに連絡出来るのに…と。
「アドルフ様……そこまでして私を……」
エディットが何やら思い詰めた表情で僕を見つめ……そっと僕の右手に触れた。
「一緒に医務室へ行きましょう」
「え?いいよ。治療を受けていたらエディットの帰りが遅くなってしまうよ」
「駄目ですよ、そんな怪我をしたままにしておくなんて。馬車の揺れだってお身体に響くじゃありませんか」
エディットは一歩もひこうとしない。
「だけど……」
僕としては自分の怪我の治療でエディットまで付き合わせるのは申し訳ないのだけどな……。
「私の帰りの時間なんて大丈夫です。まだ16時ですし、それに私が帰ったらアドルフ様はどうやって帰るおつもりですか?」
確かにエディットの言うとおりかもしれない。
「それじゃ、医務室に治療に行ってもいいかな?」
「はい、行きましょう。案内しますね」
そしてエディットの案内で2人で医務室へと向かった――。
****
医務室は南の校舎の1階にあった。
「ここが医務室になります」
医務室は分かりやすく白い扉になっていた。
「へ〜ここが医務室なんだね。よし、覚えておこう。またお世話になる可能性があるかもしれないからね」
「ええ、そうですね。では入りましょうか?」
エディットは扉をノックした。
コンコン
「「……」」
2人で少し待っても反応なし。
「もう一度ノックしてみますね」
再度エディットはノックするも反応は無し。
「どうしましょうか…?」
エディットが困った様子で僕を見た。
「う〜ん…誰もいないのかな?」
ドアノブを回すと、カチャリと回る手応えと共に扉が開いた。
「開いたようだね」
「はい」
僕の言葉に頷くエディット。
「とりあえず、入ってみようか?」
「そうですね」
「失礼します…」
声を掛けながらゆっくり医務室へ入ると、人の気配は無かった。
先生が使用していると思しき、机の上はきちんと整理されているし、室内にある4台のパイプペッドに布団もきちんと畳まれていた。
「先生…帰ってしまったのでしょうか?」
「う〜ん…。でも鍵を開けて帰ってしまうかな?」
エディットの言葉に首をひねる。
「それもそうですね。あ、でも薬品棚があるので拝借しましょう」
エディットは薬品棚に近づくと、扉を開けた。
「え?勝手に使っていいのかな?」
「大丈夫ですよ。…多分」
エディットの最後の言葉は小さすぎたけれど……よし、ここは聞かなかったことにしておこう。
「それじゃ、手当しようかな」
薬品棚に近づこうとすると止められた。
「大丈夫です。私に手当させて下さい。アドルフ様はあの椅子に掛けてお待ち下さい」
エディットが指さした先には背もたれのついていない丸椅子が置いてあった。
「うん、それじゃお言葉に甘えて」
丸椅子に座って待っていると、エディトがいそいそとガーゼや包帯、それに軟膏の入った瓶を持ってやってきた。
そして僕の向かい側の丸椅子に座るとニコリと笑った。
「では、手当させて下さい」
「うん、お願いするよ」
そしてエディとの手当が始まった。
エディットはアザの部分に軟膏を塗り、ガーゼを乗せると、器用な手付きで包帯をまいていく。
「へ〜上手なものだね」
手当を受けながら感心していると、エディットが頬を赤らめた。
「はい。小さかった頃…私のせいで大怪我をした方に手当をしたことがあったのですけど……慣れていなくて、包帯も満足に巻けなかったことがあったんです。何回巻き直してもすぐに解けてしまって…。どうしてもうまく巻けなくて泣きそうになった時、その人が私に言ったんです。『一生懸命手当してくれてありがとう』って。怪我をして、沢山血も出て痛くてたまらなかったはずなのに…笑って、そう言ってくれたんです。だから私…上手に怪我の手当が出来るように…あの後沢山練習したんです」
エディットとしては珍しいほどに、随分饒舌に話をしている。
「そんなことがあったのか。だからこんなに上手なんだね」
きっと、その人はエディットの大切な人だったのかもしれない。
「はい、終わりました」
気づけば怪我の手当は終わっていた。
まさか悪役令息の僕がこの世界のヒロインから手当を受けるとは思わなかった。
これは……かなり感動かもしれない。
「ありがとう、エディット。君から手当を受けるなんて嬉しいよ」
そして笑みを浮かべてエディットを見つめた。
「い、いえ……。それほどでも…」
頬を染めて少し俯くエディット。
オレンジ色の夕日に照らされたヒロインは……とても綺麗だった――。
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