第37話 恋人ごっこの時間
その後――
僕たちは屋台で簡単な食事を済ませると、また2人で手を繋いで辻馬車乗り場へと向かった。
**
ランタンで明るく照らされた町を歩きながらエディットが話しかけて来た。
「大分町の人混みが減ってきましたね」
確かにあの時は周りが良く見渡せないほど人が溢れていたのに今では余裕で歩くことが出来る。
「うん、そうだね。もう時刻は20時を過ぎているから、小さな子供連れの家族の姿が見えなくなったからじゃないかな……」
美しい夜の運河の町並みを眺めながらエディットに返事をしたとき……僕はあることに気付いてしまった。
町を歩く人の数が圧倒的に減ったのに、ついエディットと手を繋いで歩いてしまっていたということに。
これは‥‥ちょっとまずいかもしれない。
エディットが、いつまで僕と手を繋いで歩かなければいけないのかと考えていなければいいのだけど。
だけどもう夜も遅くなってきたし、繋いでいた手を離して歩くのも危険だしな……。
思わず考え込みながら歩いていると、不意にエディットがためらいがちに声を掛けて来た。
「あ、あの……アドルフ様……」
「な、何だい?」
やっぱり手を離して貰いたいのだろうか?
「あの前の人達…見て下さい」
「え?」
僕たちの前には中良さそうに腕を組んで歩く若いカップルがいた。
「あの人たち
「そうだね」
僕たちの周りには腕を組んで歩いてる5~6組のカップルがいた。
皆幸せそうに笑顔で話をしながら歩いてたり、運河を流れるランタンを見つめている。
そう言えば、そろそろ北風が冷たくなってきたな。
エディットの手も冷たく感じられてきたし、ひょっとすると寒いのかもしれない。
早く辻馬車乗り場へ向かった方がいいな……。
そんなことを考えていた時――。
「あの……わ、私も‥‥」
不意にエディットが顔を真っ赤に染めながら立ち止まった。
「エディット?どうかしたの?」
「は、はい。そ、その‥‥わ、私達も……」
エディットは顔を赤らめながら、腕を組んで歩く恋人たちをチラチラと見ている。
あぁ、そいういうことか。
「ごめん、エディット。気が付かなくて、はい、どうぞ」
僕は腕を差し出した。
「アドルフ様……」
赤い顔でこちらをじっと見つめるエディット。
「ほら、僕の腕につかまりなよ」
「は、はい…」
エディットはおずおずと僕の腕に触れてきた。エディットの夜風で冷えた体温が僕に伝わって来る。
こんなに冷えていたのか…。
よく見れば、エディットの羽織っているコートは薄物だった。こんな寒空の下を歩かせていたなんて‥‥。
気付いてあげられず、申し訳ない気持ちがこみ上げて来た。
「ほら、もっとこっちにおいでよ」
エディットの冷えた身体を温めてあげる為、肩を抱いて自分の方に引き寄せた。
「…!」
エディットは声に出さなかったけれども、驚いた様子で真っ赤な顔で僕を見上げて来る。
う~ん……別に他意は無いんだけどな…。
そこで僕は彼女に笑いかけた。
「ほら、こうしてくっついて歩いていれば温かいだろう?」
「は、はい。温かいですね……」
僕の腕を組んでいるエディットが寄り添ってくると、笑みを浮かべて僕を見上げて来た。
よっぽど寒かったんだろうな‥‥。
「それじゃ、早く辻馬車乗り場に向かおう?」
「はい、アドルフ様」
こうして僕たちは2人で腕を組んで、再び美しい夜の町並みの中を歩き始めた。
まるで本物の恋人同士のように。
腕を組んでランタンフェスティバルの感想を述べているエディットを見つめながら、不思議な感情が湧き上がってくるのを感じた。
出来ればこの先もエディットとこうして2人で一緒にいられたらいいのに。
せめてエディットと王子が学園で出会うまでの間は―。
いずれ王子によって追放されてしまう立場に置かれておきながら、僕は浮かれた気分でエディットと辻馬車乗り場までの散歩を楽しんだ。
この様子を、ある人物達がじっと見つめていることに気付くこともなく――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます