第25話 息詰まる食卓

カチコチカチコチ……


時計の針が秒針を刻む音と、時折ナイフとフォークがカチャカチャと小さな音を立てる音しか聞こえてこない。


う…き、気まずい‥‥。


目の前に並べられた食事を口にしながら、僕はチラリと周りの様子を伺った。



今、僕がいるのはエディットの屋敷のダイニングルームだ。


大きな丸テーブルに向かって着席している僕の真正面には気難しそうな表情を浮かべたエディットの父親が座っている。

そして右側にはエディット、左側にはエディットの母親が座っている。


母親の方は余程僕の存在が気になるのか時折チラチラとこちらの様子を伺っているし、エディットもどこか緊張しているように感じる。


それにしても気詰まりだ。

誰も先ほどから一言も言葉を発していない。食事も何処を通っているのか分からないくらい緊張している自分がいる。


まずい‥‥。


いや、この場合のまずいは決して食事がまずいと言ってるわけではない。

このまま何も会話をしないで食事を続けるのは非常にまずい……と言うことだ。


何か…何か、会話をしなければ……。


そこで僕は思い切って口を開いた。


「それにしても、こちらのお屋敷の食事はとても美味しいですね。特にこのオムレツは最高です。上にかかったソースがまた絶妙ですね」


「そうですか。それは良かった」


むすっとした表情で返事をするエディットの父親の言葉は、少しも良かったようには感じられない。


「お口に合ったようですわね」


夫人‥‥台詞がまるで棒読みですよ。


「ええ。本当に美味しいですよ。ね?エディットもそう思うだろう?」


この際、エディットも巻き込むことにした。


「えっ?!あ、は、はいっ!そうですね!」


急に僕に話しかけられて余程エディットは驚いたのか、慌てて顔をこちらに向けた。


すると―。


「ゴホンッ!」


突然ロワイエ伯爵が咳払いをした。


「あ、申し訳ございません」


咄嗟に頭を下げて謝る僕。


しまった……。

ひょっとしてエディットの家では食事中の会話はマナー違反なのだろか?

何故だか伯爵は日本人として働いてた時の会社の上司を思わせる人なので、ついつい委縮してしまう自分がいる。


「いや、そうではない。アドルフ君、昨日迄君は馬に蹴られて5日間も意識を失っていたようだが……もう動いても大丈夫なのですかな?」


伯爵が話しかけて来た。

折角会話の糸口が出来たのだからここは会話が途切れないようにしないと。


「はい、そうなんです。自分でも不思議なことに、5日間もベッドの上にいたにも関わらず元気です」


自分でもそこが不思議だった。

ひょっとして、前世の記憶が突然蘇った事と何か関係があるのだろうか?


「なるほど‥‥お元気になられたなら、それで良いです」


重々しい口調で魚料理を口に運ぶ伯爵。


「それにしても随分雰囲気が変わられたようですね?初めにお会いした時はどなたか分からずに驚いてしまいましたわ」


夫人が食事の手を休めると僕に声を掛けて来た。


「ああ、それは私も感じた。雰囲気も顔つきも変わっていたからかな。正直別人では無いかと思ったくらいだ」


そして伯爵が僕を凝視してくる。その視線が‥‥何故か痛い。


けれど、今の2人の言葉で納得した。


道理で伯爵夫妻が僕を迎えてくれた時に、何故か2人とも目を見開いてこちらを見ていたのはそういう意味だったのか。


「いえ。馬に蹴られたショックで多少なりとも記憶が混濁しておりますが、正真正銘、アドルフ・ヴァレンシュタインです」


今の自分の曖昧な記憶に不安が残るけれども、ここはきっぱり言い切った。


「なるほど‥‥それで、本日開催される『ランタンフェスティバル』にエディットとどうしても一緒に行きたいと言うことですか?」


「はい、そうなんです。エディットと一緒にランタンが運河を流れる様子を見たいと思ったからです」


何しろ漫画の原作通りに話が進めば、僕は追放されてしまう身だ。ここはエディットに親切にして…好感度?を上げておかなければ。


「お父様、お願いです。どうかアドルフ様と一緒に『ランタンフェスティバル』に行かせてください」


伯爵に頭を下げるエディット。


「うむ…」


何やら考え込む伯爵に夫人が声を掛けた。


「あなた、宜しいではありませんか。以前のアドルフ様ならいざ知らず、今のアドルフ様は好青年のように見えるじゃありませんか」


夫人は本人を前に中々歯に衣着せぬ言い方をする人だ。


「…確かに…それは言えるかもしれない…。宜しい、2人で参加することを許可しましょう。その代わり‥‥」


何故かジロリと僕を見る伯爵。


「昼食後‥‥少し私のお話に付き合って頂きましょうか?」


伯爵の言葉は、有無を言わさないものに僕には感じられた――。




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