第8話 織布は器用度Sが必要です
さて、異世界召喚について考えてみる。
いや、召喚された奴が何言ってんだという突っ込みは受け付けない。
最初からが貰い事故みたいな話だから。
あの王様のくそ爺めぇ…
あ、ちょっとイライラして話がそれた。
って言うか、実際問題、『召喚』より『転生』の方が楽なんだろうな。
『転生』は、元の世界で亡くなっている。異世界トラック、過労死、事故死、病死、たまに寿命など、死んだ自覚があるのだから、前の世界への未練は薄い。
でもね、『召喚』はきついよ。
元の世界では行方不明だ。親兄弟、恋人、友人など、忘れられない人がたくさんいて、帰れないと言われても未練は尽きない。
多分、まともなら生きていられない…
その点私は楽だった。
両親ともに亡くしていて、兄弟も親類もない、いわゆる天涯孤独の身。生活に必死で彼氏もいない。
こういう性格だから友人は多い。
会社のおじさん達も含め、『心配させてるかな?』と思うと心が少し痛いけれど、帰れないのが確定ならば振り切る以外ないのである。
いいもんね。
もう、こっちでも友達出来たもん。
ニアに、エルに、カナンに、アンさん。
誰が何と言おうと、亜神のカナンも、王宮メイドのアンさんも、私にとっては友達です‼
まあ、こっちの世界で生きていくことは、動かしがたい事実として受け入れた。
でも、『奴隷』ってのは、ねぇ…
ああ、また思考がここに戻ってしまう。
あのくそ爺め。勝手に召喚して、期待通りじゃないから責任とれって、ジャイ〇ンか、貴様‼
まあ、そのリアル・ジャ〇アンも、奥さんと子供達から心の底から軽蔑され、国庫に8億円(現代に換算)もの穴をあけ、肩身が狭く暮らしているそうだ、カナン調べ。
多少溜飲が下がった。
で、実際借金奴隷として働く私としては、出来れば懲役?60年は勘弁して欲しい。
解放時79歳って、勝手のわからない異世界でリアルに死ねる。
万一そうなったら、カナンに死ぬまで面倒見てもらおう、そうしよう。
まあ、個人的には10年以内に返したい。
そのくらいの期間じゃ見かけの変わらないニアとエルの、ギリギリ友人で通る29歳。
それ以上かかると、『娘です』と言わなければならなくなる。
それは嫌だ。
日本円で1年2000万円のムリゲー。
何をすべきかはわからない。名案があるわけじゃない。
でも、取りあえずは一生懸命働くしかない…
と思っていました、この時までは。
翌朝、寝起きがいいのは私とニアで、エルは起きても半分眠っている(低血圧?)。
「エル、朝だよ。」
「エル、起きるにゃ‼」
動きが緩慢な美少女エルフを何とか起こし、お仕着せの作業服に着替える。
作務衣みたいなデザインで、結構可愛く動きやすい。
そのあと3人で食堂に行った。
朝食はパンとスープ…
やばい、これ、何回言った?
もしかしてここ、『パンとスープの国』なの?
『ごはんとみそ汁の国』から来た私に言えることではないが、でも実際『日本人はごはんとみそ汁があれば生きていける』って、江戸より前の話だよね‼
現代日本人、絶対無理だって。
飽きる。マジ飽きる。
いくらスープの中身が変わっても飽きる。
異世界名物、カチカチパンじゃなくとも、薄い塩味スープじゃなくとも、おいしいと思えても‼
フラストレーションが…
ちなみに、朝食のスープはコーンスープでした。
うまかったよ。文句は言ったけど、しっかり食べたよ、他に無いし。
ただ、フ・ラ・ス・ト・レー・ション、が…
そのあと、新人奴隷3人が案内されたのは織布工場。
『おりふ』、つまり『布を織る』工場だね。
建物の中には織機(昔話で鶴が使うやつ)が並び、それぞれに担当がついて布を織っていた。
ん?
「エルフばっかりにゃ。」
うん、ニアに同意。
この工場、エルフ率が7割を超えていた。
で、私達もお試し労働と相成ったわけが…
すっごく重要な事を忘れてました‼
やってみて分かった。私、伝説レベルで不器用だったわ‼
小学校の卒業制作で彫刻刀を使ったレリーフづくりをしたが、2分に1回担任が絶叫、3回叫んだあと羽交い絞めにされた。
「みなさん‼私達の精神と、葵さんの指の為に、葵さんだけはこの作業はしなくていいということで‼」
『いやいや、何を言ってるの、この人?』と思ったが、あの特別扱いを嫌う小学生の1クラスが声を合わせて、
「はい‼」と言った。
うん、いいお返事…
いやいや、そんな見てられないほど酷かったぁ?
ま、酷かったんだろうな⤵
今も同じ作業をしているはずが、私だけ遅い。機械にセットされて動かないはずの縦糸がヨレヨレ。横糸はうまく詰まっていないから、天然シースルーが出来上がった。
なるほど。
図らずもカナンが言った、『下手糞な服に意識を取られ魔物に敗北する魔法の服』用の布が織り上がったよ。
「いや、これは稀にみるレベルの…」
指導員の苦笑いで、織布は半日でクビになった。
私から見たら真っ当な布を作った、ニアも駄目だったみたい。
合格はエルのみ。
なるほど、エルフって器用なんだね。
後で訊いたら紡績では、最も器用度を求められるのが織布である。なので、最初に織布工場を体験し、十分なスキルを持った者のみここで働く。
人には適性があり、器用でなくてもやれる仕事はまだまだある。
「午後からは後紡工場に行ってみて。」
指示される私達を、どうやら自分だけここに残されるらしい、エルが不安げに見ているのに気が付いた。
だいぶ甘えん坊で寂しがりなことに気付いていたから、
「エル‼」と、声をかけた。
曜日の関係上(この世界も7曜制だった)、明後日には最初の休みが来る。
「次のお休み、一緒に買い物行くよ‼」
瞬間エルの口元がフワッと緩み、急に気が付いたように一文字に結ばれる。
「ん。」
小さく頷く。
うん、可愛い。
「妖怪人たらし降臨にゃ」と、ニアが言った。
出典は…
アンさんだなぁ…
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