第六章
結局、スポンサーの話はこなかった。予定通り、ビリオンスターズは解散する。最後に選手とコーチ、球団関係者を招いてお別れ会が企画された。
駅前ホテルの宴会場。格調高い円卓が部屋に散りばめられた立食式のパーティー。白のテーブルクロスの上にはバイキング料理が用意されている。
集合時間の三十分前に着いた加治屋だったが、すでに人集りはできていた。
さっそく赤ら顔の星が近寄ってきた。片手には缶ビール。もう片方の手には缶ビールが数本入ったポリ袋を持っていた。すでに会場の外で出来上がっていた。
「乾杯には早すぎるだろ」加治屋は言った。
「うるさいな……素面でお別れできるほどメンタル強くないんだよ。大目に見ろ」
「皆来るのが早いな」
「これまで嫌でも顔を合わせていた連中だけど、今日を境に会うこともなくなるかもしれない。……少しでも長く同じ時間を過ごしたいんだろ」
「星もそうなのか?」
「……お前は寂しくないのかよぉ!」
抱きついて酒を勧める星だったが、加治屋は「挨拶があるから」と断った。
ビリオンスターズの思い出を語る選手たち。みんな笑顔だった。だが、どこか物寂しさ、哀愁といったものを禁じえなかった。
このセレモニーが始まらなければ、別れのときはこない。談笑する人々の熱気は凄まじかった。
やがてお別れ会の始まりは訪れる。監督である加治屋の挨拶から始まった。これが最後の挨拶かと思うと、加治屋の胸は締め付けられた。
「残念ながら後期リーグは二位に終わる結果となりました。監督として皆さんをチャンピオンシップまで導くことができず、申し訳ありません。
……私が入団したのは四年前のことです。右も左も分からなかった未熟者でしたが、球団のサポートのおかげで野球を続けることができました。改めて、ビリスタに感謝を申し上げます。
ビリオンスターズの解散を機に皆さんはそれぞれの道を歩むことになります。今日のパーティーでは一年間、あるいはそれ以上の時間を共にした仲間とのご歓談を楽しんでください。それでは――」加治屋はグラスを掲げる。
「乾杯!」
加治屋は惜しみない拍手を受ける。泣いている人もいた。
壇上を降りる加治屋に皆川とマータイは声をかけた。すでに何杯か飲んでいたらしく、顔は朱に染まっている。この二人は来年から別チームへの移籍が決定している。
「監督らしい、いい挨拶でしたよ」
「最高だったよ」
「ありがとう」
「…………本当に辞めちゃうんですか?」皆川は言った。
「もう、決めたことだからな」
「まだ、諦めるのは早いですって! 別に日本じゃなくても海外っていう手もありますし……」
「やめとけって」鼻息荒くして加治屋に迫る皆川を星は諫める。
「星は四国に行くんだってな」
「ああ。なんとか次の就職先が決まったよ」
「これでさよならなんて寂しすぎるよ……」泣きじゃくる山野。
山野さん、と加治屋は肩に手をかけた。
「別に死ぬわけでもないんだから」加治屋の目元も潤みそうだった。
「加治屋なら立派な教師になれるよ」
「ありがとうございます。……まだ、採用は決まってないですけど」
クラブハウスにある私物も撤去した。ビリオンスターズでの活動もこれで終わり。
最後に挨拶しておくべき人がいる。
彗聖病院を訪れた加治屋は吉井の病室を訪れた。
「よう」
「加治屋!」ベッドに寝ていた吉井は起き上った。
「優勝できなくてごめんな」
「……何言ってんだよ。来年、優勝すればいいじゃねぇか」
「……来年か」
加治屋はまだ吉井に引退することを伝えていない。そもそも、定年制度について吉井は理解していなかった。
「ところで、次のチームは決まったのか? 四国なら応援に行けそうにないけど、北陸なら行けるから!」
「……あのな、大。よく聞いてくれ」興奮する吉井の話を遮った。
うん、と吉井は頷く。
「俺はもう野球はしないんだ」
「野球しないって……これからどうするんだよ」
「これからは教師として働くつもりだ」
吉井の目が点になる。信じられないといった様子だ。
「JPBを目指してたんじゃないのかよ」
「……それはもうできない」
加治屋の来訪を喜んでいた吉井。だが、話を聞いているうちに視線を逸らして俯かせる。やがて、わなわなと身を震わせて顔を上げた。
「帰れよ!」
吉井はビリスタの帽子を投げつけた。加治屋の体に当たった帽子はそのまま床に落ちる。新品だった帽子も今では、使い古されて至るところに傷ができていた。
「今日、伝えたかったのはそれだけだ。……リハビリ頑張れよ」
加治屋は部屋を後にした。
と、
「カジくん……」真田が気まずそうに立っていた。
「なんだ、聞いてたのか」
「うん」と真田は言い辛そうに、
「その、……吉井君には後で説明しておくから」
「別にいいよ。もう来ることもないだろうし。……あいつには伝えておきたかっただけだから」
真田は今にも泣き出しそうだった。
「そんな顔すんなって! 就職先が変わるだけじゃないか」加治屋は気を遣った。
「……そうだよね」真田は無理に笑った。
「早く帰って教員試験の勉強でもするか!」
ドラフト会議当日。
すでに教師の道を志している加治屋にとって関係のない話。プロ志望届も出していない。
けれど、ドラフト会議の中継を自宅で眺めた。やはり、球団が獲得する選手は高校生や大学生がほとんどだった。人気、実力、将来性のある若い選手がJPB入りを果たす。一方、独立リーガーの指名は下位にあるかないか。獲らない球団もあった。
最後まで視聴を続けたが、ビリオンスターズから一人も選ばれなかった。
ドラフト会議が終わり、あとは就職活動に専念するだけ、そう自分に言い聞かせた。
就職活動はうまくいっていた。
市内の高校から非常勤講師の求人に応募した。書類審査は通り、面接を来週に控えた加治屋は自宅のリビングでくつろいでいた。
「忘れ物だけはしないようにね」真田は言った。
「面接に持ってくものなんてないだろ」
「うーん……フレッシュな心とか」
「なんだよそれ」
二人は笑いあった。
シーズン中、加治屋は試合と練習に明け暮れていたので、こうした何気ない会話は少なかった。改めて、シーズンが終わったことを実感する。もうシーズンがやってこないことを。
「にしても、あっという間だね。もう面接だなんて……引退して一ヶ月も経ってないのに」
「中途採用だから選考に時間がかからないんだろ」
そうかもしれないね、と真田は答えた。
笑う真田は一瞬だけ真剣な表情になる。
「……どうした?」加治屋は気になった。
「ううん。もっと野球に未練たらたらだと思ってたけど。以外にも、ちゃんとしてるなって」
「ひどい言い様だな。……心の整理はちゃんとつけてるさ」
えらいえらい、と真田は加治屋の頭をポンポンと叩いた。
おりから、加治屋の携帯が鳴った。佐渡からの電話だ。
『加治屋、元気か?』
『佐渡さんお久しぶりです』
現役の頃はほとんど毎日佐渡と顔を合わせていたが、お別れ会を最後に会うことはなくなった。加治屋は少し感傷的な気分になる。
『どうしたんです?』加治屋は言った。
『アマンド・ロドリゲスのことは知ってるよな?』
『はい。俺がビリスタに入団した一年目に監督してましたよね。たしか今は読切軍の一軍監督だったような……』
世間ではアマちゃんの愛称で知られている。現役時代、ホームランを打ったあとのパフォーマンスで一躍有名になった人だ。
『実はさっきアマちゃんから連絡があってな。来月の読切軍のキャンプでビリスタと試合して欲しいと依頼があった』
『もう、ビリスタは解散したんじゃ?』
JPBの三軍と独立リーグのチームとの試合はよく組まれている。様々な打者や投手と対戦させて経験を積ませたいJPB側とチームに所属している選手をPRしたい独立リーグ側、双方にメリットがあるからだ。
『そのはずなんだけどな。アマちゃんからのお願いで後期リーグを戦ったメンバーで試合を組んで欲しいんだってよ』
『それって――』
『すまん。もう一度、ユニフォーム着てもらえるか?』
もし、一年前だったのなら喜んで参加したに違いない。
加治屋は、
『俺はもう引退してるんですよ。別の人に頼んでくださいよ』
『……実はな、アマちゃんからの話によると一軍との練習試合になる』
『一軍……ですか?』
加治屋は自分の耳を疑った。
これまでJPBの一軍と独立リーグの球団との試合を組まれたことはなかった。
JPBの一軍が負ければ、面目が損なわれる可能性があるからだ。
『そうだ。……こういう言い方は卑しいかもしれないが……元プロ野球選手としては血が騒ぐだろ』
『でも、どうしてビリオンスターズなんですか? 他にも独立リーグのチームはあるじゃないですか』
『その話はアマちゃんに直接聞け。……返事は明日に伺う。じゃあな』
佐渡からの電話が切れる。
加治屋はスマートフォンで読切軍のキャンプ情報を調べる。確かにビリオンスターズとの試合が組まれていた。
ちょうどその日――面接がある日だった。
「誰から?」真田は尋ねた。
「佐渡さんから……読切シャインズの一軍と試合をしてほしいってさ」
「いつ?」
「日程はわからないけど、明日までに返事が欲しいらしい」
「そうなんだ。……もちろん、断るよね? もう、野球に未練なんかないんだから」
「……もちろんだよ」
よかった、安堵の表情を浮かべる真田。
就寝前。
真田が寝たことを確認した加治屋は外へ出た。片手には木製のバット。アパートの近くにある公園で素振りを始める。
考え事をするときはバットを振るのが加治屋の癖だ。一振りごとに雑念を取り除く。
「読切軍と試合か」
真夜中に発した声は素振りの音にかき消される。
「もう引退した身だ。野球への未練はもうないはず……」
心に引っかかるものがあった。揺さぶられるものがあった。少し前まで目指していたJPBの舞台。読切軍との対戦が目の前にある。もちろん、向こうにとっては実践形式の練習にすぎない。
着ていたシャツに汗が染み込む。十月の夜風は涼しく、暖まった体を程よく冷ましてくれた。
素振りを百回終えた。息を切らした加治屋は呟く。
「やっぱり野球が好きなんだよ」
野球への思いの灯火はまだ灯っていた。
十一月二十日。
日が昇って間もない時間。静まりきった部屋のなかで、寒さに堪えながら加治屋は着替えを済ませた。ユニフォームに身を包み、玄関を開ける。
と、
「どこ行くの?」寝起きの真田に止められた。
「ちょっと、野球をしにな」
「今日は面接の日だよ? こんな朝早くから遊んで平気なの?」
「実は面接には行かなくていいんだ。もう、断りの電話は入れてある」
真田は目を大きく見開いた。驚きの余り、すっかり目が覚めた様子だ。
口を閉ざしていた真田は「どうして?」と尋ねた。
「野球はもうやめたじゃん。教師になるんじゃなかったの?」
「どうしても出なきゃいけない試合があるんだ」
「それってそんなに大切なことなの?」
「……ごめんな、恭子。もう行かなきゃ」
加治屋は振り返ることなく、家を出た。呼び止める声が聞こえたが、聞く耳を持たなかった。
集合場所である高原スポーツ広場にはビリオンスターズの面々が集まっていた。加治屋のような第二の人生を歩もうとしているもの。球団のトライアウトに向けて準備しているもの。もちろん、読切軍へのアピールの場として参加する人もいる。
今日の試合に参加したところで、選手には一銭も入ってこない。支払われるのは宮崎県までの交通費、ホテルの宿泊費だけ。しかし、全員がここに集まった。
心のどこかに、ビリオンスターズで野球がしたい気持ちがあったのだろう。
選手は球団が用意したマイクロバスに乗り込む。加治屋の隣には星が座った。
「よく真田さんが許してくれたな」
「許可はもらってない。俺の勝手で来た」
「……よかったのか?」
「改めて俺は野球バカだって思ったよ」加治屋は笑顔で語った。
星は呆れてため息を漏らす。
「……帰りにお土産は忘れないようにな」
「そうだな」
夜には宮崎県内のホテルに到着した。
翌日。試合は午後から開始される。午前中に事前練習が許可されているので、キャンプ地の球場へ向かう。
球場前には読切軍のファンがたくさん詰めかけていた。ファンの熱気がひしひしと伝わってくる。その一角に、見覚えのある――ビリオンスターズのユニフォームを着た応援団がいた。
周囲の人の数に比べれば、微々たる人数。そのなかに、活き活きと旗を振る山野の姿があった。
「山野さんも来てたんですか!」加治屋は言った。
「当たり前じゃないか。ビリスタの試合があるんだ。お店をやってる場合じゃないよ!」
ありがとうございます、と加治屋。お別れ会では生気を抜かれた顔をしていたが、今ではすっかり若返っている。
「それにあの子も来てるよ」
人陰から車椅子に乗った吉井が現れた。ばつが悪そうな顔をしている。
「……大」
「この前はごめん」吉井は頭を下げた。
「謝らなくていいよ、期待を裏切った俺が悪いんだから」
「……でも、どうしてここに? 野球やめたんじゃなかったの?」
本来なら面接を済ませて、合否の連絡を待っているはずだった。野球選手を諦め、教師になると決めた。
だが、読切軍の一軍と対戦したい――その気持ちだけでここに来た。
「この試合を最後にしようと思ってる」加治屋は吉井を見つめ返した。
「……そんなに好きならずっと続ければいいじゃん」
「野球が好きなだけじゃ、生きていけないんだ」
納得したのか、それとも見放したのか――説得を諦めた吉井は、
「今日の試合、勝てるよな?」
「もちろんだ」加治屋は笑顔で返す。
練習が始まるから、と吉井に別れを告げる。
読切軍が練習を終えて休憩中の間にビリスタの練習が始まった。練習といっても試合前に行う簡単なウォーミングアップだ。すぐ練習を切り上げて、試合開始を待つ。
読切軍との試合の時間が迫ってきている。高まる緊張感。目指してきた頂が目の前にある。
と、
「よく来たな」松戸は加治屋に声をかけた。
松戸は来季から読切シャインズでプレーすることが決まっている。先程まで読切軍の練習に参加していたので、相手チームとして試合に出場するものだと加治屋は思っていた。
しかし、
「松戸さん、そのユニフォームは……!」
「俺が読切軍で戦うのは来季からだからな。今はまだビリスタの選手だ。……それでいいよな、加治屋監督?」
「……一緒に戦いましょう!」
「早く円陣組んでくれ。みんな待ってるぞ」
加治屋を中心に円が組まれる。誰もがこの瞬間を心待ちにしていた。
「みんな忙しいなか、よく集まってくれた。こうして、みんなと野球ができて嬉しく思う」
これまで野球一筋だった加治屋は就職活動を機に一切野球に関わらなかった。
その反動なのだろうか。グラウンドの土の薫り、観客の声援、二ヶ月前までは当たり前だった光景に加治屋の鼓動は高鳴っていた。
「相手にとってはただの実践形式の練習に過ぎないけど、俺たちの野球を思い知らせてやろう!」
今日の先発は星。加治屋の出番は先なので、ベンチに戻る。
と、
「カジくん!」
ベンチの上から呼ばれた加治屋は振り向く。〝カジくん〟と呼ぶ人物は一人しか知らない。
「場所……伝えてたっけ?」
「カジくんから聞かなくても球団の人から聞いたから」
真田はそれ以上、追求することはなかった。
面接の件についてはすでに断りの一報は入れているので、今さらどうしようもない。加治屋は真田の様子を伺う。彼女の表情は穏やかなものだった。
「……怒らないのか?」
「ここで怒ってもどうにもならないよ。私にできることは応援すること! 申し訳なく思ってるなら勝ちなさい!」
真田はピースサインをみせた。
勝利のVサイン。JPB傘下の球団に入ったときのために考えていた決めポーズ。披露する日は来ないと思っていた。
加治屋もピースサインを示す。試合が始まった。
初回、ビリオンスターズの攻撃。
先頭打者のマータイはセーフティバントで出塁した。次の打者の初球から盗塁を試みたが、読切軍の捕手に刺された。アウトになったが、ベンチからは「よく走った」と歓声があがった。
二番、三番の打者は凡退となり、攻守交代。ビリオンスターズの守りでは、先発の星が一回裏を難なく三者凡退に抑えた。
二回の表。先頭打者は松戸。松戸がアナウンスされると、両軍の観客席から歓声があがる。読切軍は松戸の古巣。当然、注目度も高かった。
松戸への初球。変化球が甘めに入る。松戸は見逃さす、フルスイングした。
打球は高々と上がり、ライトスタンドに入った。怪我に苦しんでいた松戸の調子は万全だった。来シーズンはJPBで活躍するだろう。
次の打者は安宅。カウント二―〇の場面で打った打球は三塁手の前に転がる。勢いのないボールを三塁手が捕球したときには安宅は一塁に到達していた。普段は全力疾走しない安宅だが、今日は違った。
続く打者は打ち取られ、一者残塁で二回の表の攻撃は終了した。裏の守りでも、星は抑えた。どうやら絶好調のようだ。
二回を終えて、一―〇。ビリオンスターズリード。依然として星の投球にタイミングが合っていない読切軍は攻めあぐねていた。
試合は投手戦となり、六回まで進む。点差は変わらず、一―〇。
疲れの溜まってきた星を読切軍の打線が捉え始めた。二連打で走者を一、二塁として、加治屋と交代した。
リーグ戦最終戦と同じ状況。二ヶ月前のことだが、加治屋は鮮明に覚えていた。投げたコース、打たれた球種、全て脳裏に甦ってくる。
悪いイメージを振り払うように投じた一球はセンターラインに飛んだ。強い当たりだったが、遊撃手が捕って六―四―三のダブルプレーとなった。
しかし、二アウト三塁残塁のピンチは継続している。
次の打者は日本代表に選ばれたことのある選手だ。バッターボックスに立っているだけで、臆してしまいそうになる。
一球目。コースを攻めたつもりが、甘く入り打たれた。打球は左翼ポールの左を逸れて、ファウルとなった。その後もファウルで何度も粘られる。
こう何度も粘られると、打たれて楽になりたい気持ちが湧いてくる。だが、加治屋はコースを厳しく攻めた。
ファウルにはするものの、加治屋の球を捉えきれていない。
スカウトから評価されなかったが、自分の投球が日本代表の打者に通用している。満更、人の評価は当てにならない、そんなことを加治屋は考えていた。
フルカウントとなり、十球目。
外角に投げた変化球を引っ掛けて、二塁ゴロでアウトになった。
その後も七回、八回を投げきった加治屋は九回で皆川と交代した。
加治屋の出番は終わった。
悔しさも喜びもない。ただ、やり遂げたという充足感を加治屋は味わっていた。
皆川は打者二人をアウトにして、試合終了まであと一人。長く球を持って、一球を投じた。
三塁フライ。安宅が捕球してゲームセット。
試合終了と同時に山野は三メートルの高さがあるフェンスをよじ登ってグラウンドに飛び降りた。勢いそのままに加治屋の胴上げを始める。
周りにいる選手も手を貸して、加治屋は宙を舞った。人目も気にせず、喜びを分かち合う。加治屋も、星も、安宅も、マータイも、皆川も、松戸も。空に広がる鱗雲は遠い彼方へと届いていた。
試合後。読切軍の練習は続くので、お役御免になったビリオンスターズの選手は荷物をまとめた。
球場を後にしようとした加治屋は松戸に呼び止められる。
「ウチの監督がお前と話したいってさ」
「俺ですか?」
「ほかに誰がいるんだよ。さっさと行け」
手荷物を星に預けて、相手ベンチに向かった。
ベンチの奥に座っていた読切軍の監督のロドリゲスは笑顔で迎えてくれた。お互い、握手を交わす。
ロドリゲスは通訳を通して話しかけた。
「君のチームのファイティングスピリッツには驚かされたよ。いい試合だった」
「良い調整になってよかったです」
「ウチのチームは能力が高い選手は多いが、どうも勝利への執念が足りなくて困ってるんだよ。その点、君のチームはすばらしかった」
「それしか取り柄はありませんから」
「いいジョークだ」
と、「話は変わるが」ロドリゲスは急に畏まった。
「加治屋君。今度、ウチの球団でテストを受けなさい」
「それって……」
「君に対して正式にオファーを出したい。……受けてくれるね?」
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