第68話 週末

新幹線を降りて最寄り駅まで戻った頃には疲れ果てて、もう一歩も歩きたくないくらいだった。


お疲れなのは要さんも一緒で、励まし合いながら歩みを進めて、何とかマンションまで辿り着く。


「紗来ちゃん、今日からは駄目?」


エレベータで5階まで上がって、フロアに出たところで要さんがそう聞いてくる。


それが要さんから提案のあった半同棲のことを指しているのだと、何とか頭を動かして理解はできた。


「いいですけど……今日は何もしないでくださいね。あと、ゆっくり寝たいので要さんの部屋がいいです」


しょうがない人だな、と思いながらも了承はして、カートを引きずりながら部屋に向かう。


「それでいいよ。大きいと言ってもセミダブルだけどね。紗来ちゃんの部屋のベッドも大きくする? 2人で使うんだから、わたしも半分費用出すよ」


「要さんは1ルームにどんなサイズのベッドを置く気ですか」


なんとなく、要さんはセミダブル以上のサイズのベッドを想定している気がする。部屋の端から端までがベッドになりそうで、要さん以外の人が来たら説明に困るようなものは流石に置けない。


「駄目か〜 じゃあしばらく様子見しようか。一番いいのは2人で新しい部屋を借りるなんだけどね」


「それは気が早すぎます」


「分かってる。紗来ちゃんが納得できるまでは待つよ」


「すみません」


「巻き込んだのはわたしだから、紗来ちゃんが謝る必要ないでしょ? むしろわたしといても、紗来ちゃんが後悔しないように努力しないといけないのはわたしだって思ってるよ」


「要さん……」


「それでも我慢しきれなくて、半同棲したいって我が儘言ってごめんね」


「そんなことないです。それだけ要さんが私とのことを壊したくないって思っていてくれているからだって思ってます」


「紗来ちゃんはしたくないって言うくせに、どうしてそんなわたしを煽るようなことを言うかな〜」


「煽ってません」


丁度要さんの部屋の前に着いて、いったん自分の家に帰ると言ったのに要さんに部屋に引き込まれてしまった。




そのまま週末は要さんの部屋で2人で過ごした。


翌日は何もしたくなくて、要さんがゲームをしているのをぼんやり見ながら要さんにくっついていた。


言葉は交わさなくても、体をくっつけ合って家で時間を過ごすのが要さんも私もストレスにならない。時々要さんが思い出したようにキスをしてきたりはするけど、挨拶程度のものだ。


夕方に2人でスーパーに買い物に行って、今晩と明日の分の食材を買う。


2人で旅行に行くのも楽しいけど、こういうなんでもない日常に要さんがいるのは嬉しい。


「どうしたの?」


隣を歩く要さんに声を掛けられて、口元を緩ませる。


「こうやって、要さんとの生活が日常になるんだなって思っただけです。そのうち、喧嘩をしたりもするんだろうなって」


「そうだね。わたしがいつも紗来ちゃんを怒らせる気がする」


「怒らせないように行動は慎んでください」


「それ、わたしが一番できないことでしょ?」


「そうでしたね。要さんは要さんらしくしか生きられないですからね」


要さんは周囲に流されるじゃなくて、自分で考えて選んだことに対しては真面目だ。時々しょうがない人だな、と思うことはあっても私ができることじゃないから、格好いいなとも感じている。


「でも、紗来ちゃんと生きるために必要なことだったら変えようとは思ってるからね」


「もし、これから先私と道を違えることになったらどうします?」


「……そういう絶望的なことは言わないで。考えたくなさ過ぎて泣いちゃうかも」


「例えの話で泣かないでください。私もそうしようと思ってる訳じゃないです。でも、一緒にいるって簡単なようで難しいって最近ちょっと分かってきました」


「同じ状態であることなんてできないからね。相手のことを考えているだけじゃ伝わらないから、話して、触れて、が一番だってわたしは思ってる。それでも駄目になることはないわけじゃないけど、そうなったらわたしは潰れてるか自棄になってるかどっちかじゃないかな」


「要さんは放っておいたら駄目な人だとは分かりました」


もし仮に要さんを憎いと思うようなことがあっても、わたしは要さんの傍を離れられないような気はしている。


「わたしね、叶野さんがすごく羨ましかったんだ」


「何でもできる人だからですか?」


「そうかな? 国仲さんにしょっちゅう迷惑掛けてるよ。でも、国仲さんは何があっても叶野さんと生きて行くって決めているから、そんなパートナーを持てていることに、かな」


叶野さんと国仲さんの間には絶対の信頼関係がある。それを羨ましいと思うのは私も同じだった。


でも、


「わたしは国仲さんみたいになれませんからね」


「紗来ちゃんは紗来ちゃんらしくてでいいよ。誰かみたいになる必要なんてないから。ただ、わたしは紗来ちゃんを手放したくないなら、自分でどうにかするしかないんだって、紗来ちゃんを好きになって気づいたかな」


「要さん……」


「隣の芝生は青いってやつなんだよね。でも、実は隣の家は同じように見えて、土も気候も全然違うんだよね。ちゃんと育てるには自分で考えないと、ないもの強請りしても仕方がないんだって思えるようになった。

だから、わたしは紗来ちゃんへの近づき方を自分で考えて実践して行こうって思ってるよ」


「積極的すぎて、時々ちょっと困るんですけど……」


「それがわたしの策だもん。紗来ちゃんにわたしを見続けて貰えるように頑張るつもり」


「……そういうキスしたくなるようなこと言わないでください」


私でいいのかってつい思っちゃうけど、要さんの言葉は私がいいと明確に示してくれていて、そんなの冷静に聞いていられるわけなかった。


「紗来ちゃんからって珍しい。熱くなっちゃった? 帰って体を温め合う?」


「帰ったらお鍋です。要さんはすぐ調子に乗るんですから」


早く帰ろうと暗くなった道を二人で急いだ。




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一度endをつけようかと思ったのですが、いつまでも続くような2人にしようとこの話を書き始めたこともあり、これから先は本編なのかアフターストーリーなのか曖昧な感じで続けて行きます。

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