第67話 チェックアウト
翌朝、アラームの音で私は目を覚ます。チェックインした後に、朝ご飯の時間に間に合うようにとセットしておいたことが幸いした。
でも、体にはまだ昨日の余韻が残っていて気怠い。もっと寝ていたい。
昨晩の要さんはちっとも離してくれなくて、眠りについたのがいつか覚えがないくらいだった。
要さんに「わたしが好きに触ってるだけだから、紗来ちゃんは寝ていいよ」なんて言われても、触られていて寝られるわけがない。
それでも朝食の時間は決まっているので、服を着ようと起き上がってだらだらと準備を始めた。
「紗来ちゃん」
同じように朝食に出るために準備をしていた要さんに呼ばれて、視線を向ける。
「これ、受け取って」
ポーチから出されたそれは鍵だった。
見慣れたデザインなのは今住んでいるマンションのものだからだ。要さんの手にあるということは、それは要さんの部屋の鍵ということになる。
でも、このタイミングで渡すってことは、わざわざスペアキーを持って来ていたということで、要さんは初めからこの旅行で半分だけの同棲を提案するつもりだったということだろう。
「いつでも来てくれたらいいから」
私には隠すものがないと言ってるかのようなそれに、私の方が慌ててしまった。
「私も帰ったらスペアキー渡しますね」
今までだって渡しておいてもいいかな、と思うことはあった。そこまで不便なこともなかったから渡すまでには至らなかった。
でも、その関係を要さんは今のままにはしたくないのだ。
鈍いと言われる私でも、その意思は感じ取れた。
「それは紗来ちゃんが納得した時でいいよ。ほら、一人Hをしていて、わたしが入ってきたら気まずいでしょ?」
「しませんよ。要さんじゃないですから」
「うん。一緒に住んだら、いつでも紗来ちゃんを誘えるから性生活は充実しそう」
「限度がありますからね」
さすがの要さんでも毎日はないはず。でも、普通ってどのくらいの回数なんだろう。
要さんに聞いたら、自分に都合のいい情報になっていそうだし、叶野さん、国仲さんには聞いてみたいけど、流石に聞く勇気はない。楓佳さんは同棲していると聞いているし、またメッセージを送ってみようか。
「要さんって今までに誰かと同棲したことあるんですか?」
要さんの同棲への前向きさに思わず聞いてしまった。
だって、隣に住んでいるのは付き合っている中では、かなり条件がいい方だと思っている。それでも要さんは少しずつでも一緒に暮らすことを望んでくれている。
「ないよ。ほら、家って自分のパーソナルスペースだから、必要最低限しか人を入れたくないものでしょう?」
「でも、私を毎週部屋に誘いますよね?」
「だから紗来ちゃんは特別なの。全部見せていいって思ってるから」
嬉しいけど、どんな顔をすればいいのか分からなくて、朝ご飯に行きましょうと私は立ち上がった。
要さんって、私には無防備に何でも許しすぎだと思う。
朝食の後荷造りをして、ホテルをチェックアウトしたのはチェックアウト時間ぎりぎりだった。
そうなってしまった敗因は、今朝の初動のせいなので致し方ない。
お土産物も買えるという人気のスポットに移動して、買い食いをしながら午前中は楽しんで、午後には新幹線に乗った。
昨日1日歩き回った上に、夜は要さんが離してくれなかったので疲れは限界で、私は新幹線に乗ってすぐに寝てしまった。
目を覚ましたのは、後10分くらいで到着する時間になってからで、隣を見ると要さんはまだ寝ている。
この綺麗に整った寝顔を、これから先もっともっと見ることになると思うと照れくさい。
小さな時から一緒にいる存在は、いて当然という感覚だけど、全く知らない人と知り合って近づくという感覚はこそばゆい。
それでもいつか要さんが隣にいるのが当たり前と思うようになるのかな。
駅に着くまでの間は要さんの寝顔を飽きることなく見ていて、到着のアナウンスで要さんを起こす。
「要さん、着きましたよ」
「ごめん……寝ちゃってた」
「お疲れのようでした」
「だって、昨夜は無理したかったんだもん」
「知ってます。無理させられましたから」
要さんは時々ゲームで徹夜をしていることは知っているから頑張れたとしても、私は睡眠が取れないと辛い方なので、むしろ被害は私の方にある。
「紗来ちゃんとの初めての時は、これ以上に幸せなことはないだろうって思ったのに、する度にそれが更新されて行く気がする」
「知りません」
要さんの笑顔に照れくささが増して、私は視線を前に戻した。
「また、一緒に旅行に行こうね」
肘置きの下から要さんの手が侵入してきて、私の手の上に重なる。
「要さんの行動次第ってことにしておきます」
「じゃあ、次は新婚旅行にしようか」
「10年くらい先になるかもしれませんよ」
「大丈夫。わたしの予定だと、後2〜3年くらいのはずだから」
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