第45話 相談
「ワタシの話になっちゃうけど、ワタシは自分で叶野さんといることを選択して、叶野さんがそれを受け入れてくれたから、何よりも大事なのは叶野さんといることなんだよね」
「それは見ていて分かります。国仲さんは強いなって思ってます」
「そんなことないよ。ただの勢いで始まって、後から叶野さんと生きることはどういうことなのかを考えるようになったくらいだから。親とは一回絶縁状態に近くなったし、兄は未だに文句を言ってくるしね。
でも、迷わずにいられたのは、きっと叶野さんがワタシのことを真っ直ぐに見てくれたからなんだ。多分、ワタシより叶野さんの方がワタシの生き方を気にしてくれて、それでもワタシといたいって言ってくれたから今に繋がってる。
だからって、ワタシは無責任に楠見さんは都築さんをずっと愛してくれるだろうから、いいんじゃない? なんて簡単には言えない。少なくともワタシが言うことじゃないから」
「わかっています」
「それは都築さん自身が、周囲からの視線や、子供のこととか、将来の希望とか、これからの生き方に向き合って行かないと出せないものだって思ってる」
「そうですよね……」
鈍い私は友人に拒否されて、やっと自分の立ち位置に気づいたのだ。
「でも、まだ楠見さんといたいって思いが残っているなら、それをぶつけたらどうかな」
「私のもやもやをですか?」
「うん。一人で考えるのは必要かもしれないけど、都築さんって自分に閉じてしまうタイプだから、答がなかなか出せずに迷い続けるんじゃないかな、って思って」
「多分そうです……」
現に私はもうそうなりかけている。
朝以降、要さんからのメッセージを見ることをずっと拒否してしまっている。
「それでも、楠見さんに話せないんだったら、ワタシに声を掛けてくれたらいいから」
「国仲さんはどうして私にそこまで気にしてくれるんですか?」
国仲さんは面倒見のいい先輩ではあるけど、国仲さんにとっては私は面倒を見ている後輩の一人でしかないはずだった。
「都築さんを見ていると、叶野さんと付き合う前の自分を思い出すからかな」
「国仲さんと私じゃ全然出来が違いますよ?」
「そんなことないよ。ワタシは叶野さんと付き合い出してから変わったから。一緒に仕事をしようって、一杯いろんなことを教えてもらって今になってるだからね。機会があれば都築さんとも一緒のプロジェクトで仕事をしたいって思ってるしね」
「私も国仲さんともっと一緒に仕事をしたいです」
「それはありがとう。ちょっと元気が出た?」
「……はい。もやもやさせてるだけじゃなくて、ちゃんと自分の中で整理をして、楠見さんに相談しようって思っています」
「それがいいと思う。このままの関係を続けるのも、別れるのも、どっちが正解ってわけじゃないからね。でも、年末年始は幸せそうな顔してたから安心してたのに、楠見さんが何かやらかしたのかなって心配しちゃった」
「私って、そんなに顔に出てます?」
「楠見さんと付き合い始めてから分かりやすくなったかな。心ここにあらずの時とか、前向きな時とか、落ち込んだ時とか」
「すみません……プライベートを仕事に持ち込むべきじゃないって分かってるんですけど……」
「度を超さなかったらいいんじゃないかな。ワタシだって、寝不足で上の空ってことも時々あるしね」
それは前夜に叶野さんと盛り上がってしまったということだろうか、と思いながらも口にはできなかった。
すっかり冷めてしまった紅茶を口にしていると、国仲さんのスマートフォンの着信音が響く。
「叶野さんが、今駅前にいるから、何かご飯買って帰ろうか? って。都築さん希望ある?」
「ご飯時までお邪魔しちゃ悪いので、帰りますよ」
「いいから。希望なかったら叶野さん任せでいい?」
断りきれなくて頷きを返す。
叶野さんが帰ってくる前にお暇しようと思っていたのに、それも叶わなくなる。
ここに叶野さんも帰ってきたりしちゃったら、明日からどんな目で叶野さんと国仲さんを見たらいいか分からなくなりそうで怖い。
「ここって2LDKですか?」
キッチンの向こうに扉が見えて、リビングの隣にも叶野さんの部屋だと言っていた部屋があることから2LDKと推測して聞く。
「そう。こっちは叶野さんのキャンプ用品置き場で、奥が寝室。叶野さん、すぐに新しいキャンプ用品買っちゃうから、この部屋に入るだけにしなさいって言ってるの」
「強いですね、国仲さん」
「だって、叶野さん、一人暮らししていた頃は、部屋中がキャンプ用品で埋まってて、自分が寝る場所もないくらいだったからね」
「国仲さんは叶野さんのキャンプに付き合うのは嫌じゃないんですか?」
「精々月に1回くらいだから、それくらいなら気にならないかな。キャンプって2人で一緒のことができるから、家にいるよりもお互いを近くに感じられるから楽しいよ」
「私も最近楠見さんに教わりながらオンラインゲームを始めました」
「一緒のことができるのは楽しいよね。無理に合わせるならしなくていいけど、楽しいと思えるなら、一緒に何かを楽しめるって大事だから。子供がいたら子育てをそうしてやっていくものなのかもしれないけど、子供ができることは叶野さんと私ではないしね」
「国仲さんは、それは諦められたなんですか?」
「ワタシは、産むとしても叶野さんの子供じゃなければいらないって言ってるから」
国仲さんの意思は固い。だから国仲さんは強く見えるのだ。
でも、私が悩んでいる問題を国仲さんも過去に悩んで、もう答を出しているから私を気遣ってくれたのだろう。
そこへ、ただいま、と叶野さんの声が響いてきた。
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