第41話 離れられなくて

最寄り駅に着いたのは22時を回っていて、要さんと並んでマンションまでの道を歩く。


「紗来ちゃん、今日泊まっていい?」


「そうなるかなって思ってました」


要さんとのデートは楽しかったし、疲れもあるから、部屋の前で別れるのが一番負担にはならないと分かっている。でも、要さんに触れていたさが残っていて、恐らく要さんもだろう。


「最近紗来ちゃんが優しい」


「私だって要さんに触れたいって気持ちはありますから」


道で抱きつこうとしてきた要さんにダメ出しをして、私は先に歩みを進める。


「紗来ちゃんって、人目に触れる場所では嫌がるけど、そうじゃなかったらわりと許してくれるよね?」


「普通そうじゃないですか?」


「そうなのかもしれないけど、普通って言葉は人によって範囲が違うから、紗来ちゃんの普通のラインはここなんだなってちょっとずつ知っていくのが楽しいなって」


要さんと私は普通と捉えるものの範囲が違うということなのだ。当然かもしれないけど、意識をしたことはあまりなかった。


「そうやって考える所が紗来ちゃんだよね」


「要さんが悩ませるようなことを言うからです」


「でも、何でもまっすぐに受け止めて、考えてくれる紗来ちゃんが大好き」


「要さんは好きって言い過ぎです」


「全然言ってくれないよりも、言われた方がいいでしょ?」


確かに要さんがこんな性格じゃなければ、きっと私は要さんの好きという言葉を素直に受け入れられなかっただろう。


「そうかもしれませんけど……」


とはいえ、人前ではちょっと避けて欲しい。


マンションに着いて、要さんの部屋の前で一度別れて、要さんは泊まる準備をしてから来ることになった。


もう22時を回っているので、泊まると言ってもそんなに2人でゆっくりしていられる時間はないだろう。


部屋に入って、部屋着に着替えたところで、インターフォンが鳴って要さんを迎えに出る。


しょっちゅう行き来するなら、もう合鍵を渡してもいいような気がするけど、何かタイミングがないとこういうのは渡しづらい。


「やっと紗来ちゃんをぎゅってできる〜」


入ってくるなり抱きつかれて、もうっと小さく抗議をしながらも要さんからのキスを受け入れる。


要さんに触れるだけでどうしてこんなに安心できるんだろう。


「紗来ちゃん、可愛い」


「要さんは、ほんとに触れるの好きですよね」


「紗来ちゃんに触れるのが気持ちいいんだもん。今日は一緒にお風呂入る?」


「絶対何もしないで済みませんよね?」


「えー、ちょっとだけにするから」


「まだ明日も仕事だから駄目です。要さんの誕生日とかなら考えますけど」


「あと8ヶ月も先までお預けなんて無理〜」


「要さんの誕生日って8月なんですか?」


そういえば、要さんに誕生日を聞いたことはなかった。


「そう。8月10日。紗来ちゃんは?」


「9月17日です」


「乙女座なんだ。確かに紗来ちゃんそんな感じする。でも、もっと早くに聞けばお祝いできたのに」


「付き合う前じゃないですか」


要さんと付き合い始めたのは10月の終わりなので、それ以前にわざわざ誕生日だと話に出すこともしなかった。


「それでも、聞いておけば良かったなって思ってる。紗来ちゃん、きっと誰も祝ってくれる人がいないしって普通に過ごしてたよね?」


「何で分かるんですか?」


「紗来ちゃんだからな」


理由になってないです、と抗議をすると、再び唇が塞がれる。


「今年は一緒に過ごそう? わたしの誕生日も、紗来ちゃんの誕生日も」


自分の誕生日なんてもう興味は薄れていたけど、要さんと過ごせると思うだけで、その日を待ち望む気持ちは全く違うものになった。





要さんと交代でお風呂に入って、今日は疲れたし早めに寝ようとベッドに入る。


するのかな、と思っていたけど、紗来ちゃんも疲れているから触れているだけでいいと、ベッドに寝転がった状態で要さんに抱き締められている。


「要さん、そう言えば今日はホテルに行こうって言ってましたけど、要さんは行ったことあるんですか? その……ラブホテルとか」


ふと思い出したことを要さんに聞いてみる。


「実家に住んでた頃は行ったことあるよ。興味ある?」


「1回見てみたいだけですからね」


「行ってもいいんだけど……」


珍しく要さんの言葉が濁っている。この手の話は要さんの方が乗り気なのがいつもなのに。


「別に無理に行かなくてもいいです」


「どうせ行くなら、もうちょっとちゃんとしたホテルに泊まって、旅行したいな。2月の祝日に合わせて行くのどう? 今年は金曜日休めば連休になったはずだから」


「金曜日にリリースはほとんどしないので、大丈夫だと思います」


「じゃあ、そこで計画しよう?」


それで話は纏まって、週末に泊まる場所を探そうになった。


「でも、要さんなら、普通のホテルよりラブホテルの方が行きたがるかなって思ってました」


「紗来ちゃんって私をそういう目で見てるんだ」


「日頃の行いじゃないでしょうか」


「…………それは否定できないけど、セックスするだけが全部じゃないから。こうして、触れ合う時間もわたしは欲しいから、家でがいいな」


「今日はしないって言ったのに、何でそんな思いっきり誘う目をしてるんですか」


「紗来ちゃんの熱が気持ちいいからかな」


しょうがない人だな、と思いながらも要さんの言葉に揺らされてしまって、結局要さんからの誘いを受けてしまった。


私も要さんのことを責められないのかもしれない。

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