第40話 夜デート

駅を出て少し歩くと、今日目的の目的が見えてくる。


冬になるとあちこちでイルミネーションがされていることは知っていたけど、一人だと強いて見に来ることはなかった。


今週末までだし、見に行かないかと要さんから提案があって、今日はデートをすることになったのだ。


平日とはいえ、人はそこそこ多くて、要さんと手を繋いだままでイルミネーションで飾られた並木道を歩く。


「要さんは今までにも来たことあるんですか?」


「ここは初めてだけど、他の場所ならあるよ」


きっとその時に付き合っていた恋人と一緒にだろう。


「自分から誘ったのは紗来ちゃんが初めてだからね」


私の心を見透かしたように要さんは続ける。


「そんなこと聞いてませんよ」


「わたしね、誰かと出かけるのって得意じゃなかったんだ」


要さんは社交性があって、誰でもすぐに仲良くなれるような人だ。2人で出かけてもいつも楽しくて時間を忘れてしまうくらいで、それなのに要さんが得意じゃないというのは、無理をしていたということだろうか。


「合わせることはできるけど、いつも帰ってすごく疲れてた。わたしって、一人でどこでも行く方が気軽なタイプだから」


「……私が付き合ってる時間を楽しみたいって言ったから、誘ってくれたんですよね?」


「それはきっかけの一つだけど、わたしは紗来ちゃんと出かけるのは楽しいよ」


「無理してません?」


「キスしたいのを我慢してるくらいかな」


「それは家まで我慢してください」


「わたしも紗来ちゃんとのデートの時は、叶野さんみたいな格好しようかな。そしたら紗来ちゃんに触り放題だし」


それはちょっとは見てみたいけど、男性っぽく見えれば何でもしていいのはちょっと違う。


「要さんはちょっとは下心を隠してください」


「紗来ちゃん厳しい」


メイン会場に足を向けと、広場のようなそこには、いくつかのオブジェのようなものがあって、イルミネーションが施されている。


「綺麗ですね」


「紗来ちゃん」


要さんの声に視線を向ける。


「何ですか?」


「この前、有り難う。紗来ちゃんが来てくれてなかったら、変にはまっちゃってたと思うんだ」


「私の為に無理しないでくださいね」


返事の代わりに要さんからのキスが重なる。


「要さんっ」


人前ですよ、と少しだけ牙を出す。


「誰も見てないから大丈夫」


しょうがない人だな、と肩を竦めて許すことにした。





駅まで戻ってからお腹も空いたし、と店を探してイタリアンレストランに入った。明日も仕事があるし、ゆっくり飲めないからとお腹を満たすことをメインに店を選んだ。


ピザとパスタを1つずつ頼んで2人で分けようと注文をしてから、要さんはワイン、私はおすすめされた甘めの炭酸系のお酒で乾杯をする。


「これから定期的に夜デートしようか。毎週は無理かもしれないけど、隔週で今日みたいに待ち合わせしない?」


「無理しなくていいですよ?」


さっきの要さんの言葉がまだ引っかかっていて、要さんが疲れるのなら家で過ごすもありだと私は思っていた。


「紗来ちゃんが手を繋いでくれていたら平気だから」


「手を繋ぐだけですよ。でも、要さんは平日にそんな時間取れるんですか?」


「紗来ちゃんと会うためなら、意地でも終わらせるから大丈夫」


「じゃあ、いいですよ」


「水曜日が定退日だから、水曜日が一番帰りやすいよね?」


「そうですね」


私はリリースがない限りはあまり残業はない。とはいえ、部門内の会議やらが入っていることもあるので、定退日と会社で支持されている日の方が、何かある可能性は低い。


「でも、来週は駄目だな〜」


「来週何かあるんですか?」


「それが急に出張が決まっちゃって、来週1週間ずっと出張になっちゃった」


要さんは自社での作業がほとんどだと言っていたし、時々近くのデータセンターに行ったり、お客さんとの打ち合わせに出向くことくらいで、出張そのものがかなり珍しい。


「少し前、会社でサーバ組んでるって話していたでしょう? あれをお客さんの指定のデータセンタに導入するんだけど、近くじゃないのよね。元々わたしは行かない予定だったんだけど、リーダが家庭の都合で行けなくなって、わたしが行くことになっちゃった」


「それは仕方ないですね」


「1週間紗来ちゃんに会えないなんて干からびちゃうから、紗来ちゃんも連れて行こうかな」


「同じ部門ならまだしも、私も仕事があるので無理ですよ」


「紗来ちゃんもうちのチームにくればいいのに〜」


「私、インフラはさっぱり分かりませんから、今のところで十分です」


そこまで口にしたところで、要さんに聞こうと思っていたことを思い出す。


「要さん、部門の教育担当者から、クラウド関係の資格取得にトライするメンバーの募集が掛かってるんですけど、私でもできそうでしょうか?」


「何の資格?」


要さんの質問に、正式な名称を告げる。


「それなら覚えること中心だから、時間掛けてやれば大丈夫」


「分からなかったら聞いていいですか?」


「もちろん。1から10までわたしが丁寧に教えようか?」


「教えるだけにならなさそうなので遠慮しておきます」


「え〜、紗来ちゃんを膝の間に座らせて、一緒にテキスト読もうってだけなのに〜」


「じゃあ、それで何もしないって誓えますか?」


「…………誓えません」


やっぱり、と思いながら、要さんに聞けるのは心強いし、資格取得には挑戦しようと決めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る