第30話 帰省

仕事納めの後、30日の朝まで要さんとは一緒にいて、要さんに送り出されて実家に帰省をする。


「行ってらっしゃい。気をつけて」


「要さんも食事と睡眠はちゃんと取ってくださいね」


「それ、人として最低限のクオリティじゃない」


「それを守ってくれないから言ってるんです」


そのくらいはできます、と言った要さんとキスをしてから、マンションを出た。


最寄り駅から新幹線の乗り換え駅に向かって、新幹線に乗って、更に在来線に乗り換えて数駅の所に私の実家はある。乗り換えが上手く行っても3時間で、普段の土日に帰るのはちょっと厳しい所用時間だった。


最寄り駅への到着時間は事前に母親に伝えておいたので、駅前に迎えに来てくれるはず、と駅を出た所にある小さなロータリーに立つ。


何台か車は停まっているものの、母親の乗る白い軽のワゴンは見当たらない。もうしばらく待つかと、視線を落として目を閉じる。


要さんがなかなか離してくれなかったせいか、まだ体に要さんの感触が残っている。


最近は、なんだかんだ毎日のように要さんと何かしらの触れ合いがあったので、それが4日なくなるのは確かに淋しい。


「紗来」


名を呼ばれて視線を上げると、そこにいたのは想像していなかった存在だった。


りゅうちゃん」


「久しぶりだな」


声を掛けて来たのは、実家の隣に住む1つ年上の幼なじみの龍斗りゅうとだった。


小さい頃は私の方が身長が高いくらいだったのに、いつの間にか私よりはるかに高くなっていて、見上げないと視線が合わない。


「どうして龍ちゃんがここにいるの?」


「家の前で洗車してたら、なんか井戸端会議に盛り上がってたうちの母親とお前のところの母親に、暇だったら紗来を迎えに行って来いって言われたんだ」


「相変わらずだね、龍ちゃんちのお母さん。お迎えありがとう」


「暇人だから気にするな」


私の家は兄妹揃って社会人になってから実家を離れたけど、龍ちゃんは地元で就職している。


小さい頃は兄よりも龍ちゃんの方が年が近いこともあって、私にとってはもう一人の兄のような存在だった。龍ちゃんは兄弟がいないので、龍ちゃんにとっても私たち兄妹は兄弟のようなものだろう。


とは言っても流石に思春期になると、一緒に遊ぶこともなくなって、最近では母親経由で龍ちゃんのことを聞くのがほとんどだった。


龍ちゃんの車まで案内されて、黒くて大きな車の助手席に乗り込む。


「これ、龍ちゃんの車?」


「ああ。いつまでも親から貰った軽だと情けないだろ」


「そういうのあるんだ。私は免許取ったけど、ペーパードライバーだから、もう動かし方も分からないかも」


「紗来はもうこっちに戻って来る気はないのか?」


「仕事がないから出たんだし、多分ないかな。ここが嫌なわけじゃないけど、就職活動の時に正社員で働ける場所って少ないんだなって思ったから」


「それはそうだな」


「そうだ。龍ちゃん、明日の夜は参加するの?」


龍ちゃんの家族と私の家族が集まって年越しをするのは毎年の恒例行事だった。でも、社会人になってからの龍ちゃんの参加率は半分くらいで、去年も龍ちゃんは参加していない。


「出ないと大晦日の夕食はないって言われたからな。紗来ももちろん参加だよな?」


「そのために帰ってきたようなものだしね」


年末年始しか帰らない不肖の娘なので、年末年始の家族のイベント事には参加するようにしている。


「仕事の方は順調なのか?」


「出来がいいかどうかはともかく、何とかなってるんじゃないかな」


「紗来がSEなんて全然想像もつかないぞ」


「自分でもそう思うけど、優しい先輩がいるからいっぱい助けられてる」


「先輩って男だよな?」


「男の人もいるけど、私が今よく教えて貰っているのは女性の先輩だよ。確かに男性の方が多いけど、女性もいるからね」


「ふぅん」


「龍ちゃんは 最近どうなの?」


「普通に仕事して、家に寝に帰る生活だな」


「社会人になるとそうなるよね」


「親には、いい年していい加減に出て行けって、うるさく言われてるけどな」


「通える距離に職場があったら、出て行くタイミングって結婚するとか同棲するとかじゃないとないよね。あれ? 龍ちゃん彼女いなかったっけ?」


高校時代の龍ちゃんは、サッカー部に入っていて、そこそこ上手かったので私の友達も龍ちゃんに憧れていたくらいだった。


「何年前の話だよ。とっくに別れた」


「そうなんだ。大晦日の日にいないことがよくあったから、彼女といるのかなって思ってたよ」


「あれはボード。今年は雪が少ないから諦めたんだ」


確かに今年は暖冬で、雪不足だとニュースで言っていた。


年末に要さんとデートをする時に、そんなに寒くなくて良かったね、なんて言っていたけど、ここに寒くないと困る人がいたとは。


「そういや、悠真ゆうまは帰ってこないのか? わりと近くに住んでるんだろ」


悠真は私の兄の名だった。今の私の家から電車で10分くらいで会える場所に住んでいるのに、向こうで会ったのは私が引っ越した時しかない。


「帰省ラッシュの中帰るのは面倒くさいって。年に1回のことなのにね」


「悠真らしいな」


兄とは時々メッセージのやりとりはしているものの、私も兄もまめに連絡する方ではないので、いつも用件だけですぐ終わってしまう。


「どうせ麻雀してるだけなのに」


「好きだったよな、悠真」


「龍ちゃんはアクティブに動き回る方だよね」


「まあな。でも、最近ボードに行っても、翌日が辛くなったから、俺も年取ったなって思ってる」


「私なんか絶対無理そう」


「紗来には期待してない」


「えー」


私の動きが俊敏じゃないことは、幼稚園から中学まで同じ学校に通った龍ちゃんには、とっくに見透かされていた。


そんな他愛もない話をしているうちに家には着いて、龍ちゃんの車が家の前の車庫に入ってから車を降りる。


「お迎えありがとう、龍ちゃん。じゃあ、また明日」


そうお礼を言ってから私は隣の実家に向かった。

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