第15話 同期会
先週の研修はクラスが別れていたので、会えなかった同期も多かった。でも、今日の同期会は退職者を除く出席率が8割を超えていたこともあって、盛り上がりを見せた。
その勢いのままで、2次会はカラオケになだれ込む。土曜日ということもあってか2次会参加者は誰も帰ると言い出さなくて、みんなで朝までカラオケボックスで過ごす。
朝までカラオケなんて学生の頃以来ぶりで、明け方はほとんど寝ていたけど、始発が動き出す時間に店を出て、その場で解散になる。
ほとんど人の乗っていない日曜の早朝の電車に乗って、眠い目を擦りながら家までの道を本能のままに歩く。
マンションに辿り着いて、エレベータに乗って、廊下の一番奥まで歩くのが遠いと感じながらも歩いて、やっとのことで部屋に入る。
鞄を放り出して、このまま寝ようかシャワーを浴びようか悩んでいる所に、メッセージの着信を告げる音が響いた。
こんな時間にメッセージなんて、メルマガか何かだろうと思いながらスマホを見ると、それは楠見さんからだった。
今、帰ってきたの?
何で分かったんだろうと考えて、早朝だし扉の開閉の音が隣まで響いたのかもしれないと気づく。
そうです
同期でカラオケに行ってオールしちゃいました
すみません、起こしてしまいましたか?
その返事の代わりに今度は着信がある。
相手はもちろん楠見さんだった。
「紗来ちゃん、カラオケに行ったのって同期の男性?」
「男性だけじゃなくて、女性もいましたよ。人数が多かったので、2部屋に分かれて入ったので、私のいた部屋は女性は私だけでしたけど」
「紗来ちゃん、警戒心なさすぎ。同期だって言っても異性は異性だよ。信頼できる相手なのかもしれないけど、女性一人で男性の中に入ってオールでカラオケなんて、何かあったらどうするつもりなの」
眠気がその言葉で一瞬で飛んでいく。
でも、同期のことを知りもしない楠見さんにどうしてそんなことを言われないといけないんだろう、と怒りが沸く。
「私は同期のこと信頼してます。同期のことを知りもしない楠見さんにそんなことを言われる筋合いはありませんから」
ため息がスピーカから聞こえてきて、わかった、と短く答えて楠見さんは電話を切った。
私は何も悪いことはしていないと、その日は頭に血が上っていた。でも、日が経つにつれて、楠見さんは私を心配をしてくれたからこそ、電話を掛けてくれたのだろうと後悔が出てくる。
次に会った時は謝ろうと思った途端、楠見さんからの連絡は入らなくなった。
翌週は、何か予定があるから連絡が来ないだけかもしれないと、私から連絡するのは我慢する。でも、その翌週も楠見さんからの連絡は来なかった。
私から声を掛ければいい話だけど、こうなると楠見さんは私とは口を聞きたくないのだろうと思えて、連絡ができなくなった。
毎日会社からマンションに帰って、部屋に入る前に楠見さんの部屋の前で立ち止まる。
扉の横にはインターフォンがあって、それを押せば楠見さんは呼び出せる。
でも、それも押せなくて、こういうところが自分の駄目な所だと自己嫌悪に陥る。
私は考えが浅すぎて、今までもこんな失敗をすることが時々あった。
鬱々としながら仕事をする日々が続いて、私の会社のメールアドレスに保守をしているシステムのエラーメールが届く。
アプリケーションのエラーではないことまでは調べがついて、インフラチームにメールを書きかけたところで、メールを破棄する。
メールじゃなくて電話を掛けようと、アドレス帳から楠見さんの会社携帯を探してコールをした。
「お疲れ様です。都築です」
数コールめで応答があった。
「お疲れ様です」
久々に聞いた楠見さんの声は、いつもの明るさが感じられなくて、抑揚のない機械的な応答に聞こえる。それでも、久々に聞いた声に嬉しさはあった。
「インフラ関連のものらしいエラーメールが、今朝の5時過ぎに飛んで来ているんですけど、何か対処が必要か確認いただけないでしょうか?」
「分かりました。確認してから返事をします」
「お願いします」
それ以上会話が続かなくて、楠見さんが通話を切る。
勇気を出してみたけれど、楠見さんからの調査報告はいつもと変わらないメールで、私とは会話もしたくないことを知る。
「都築さん、どうしたの? 体調悪いなら帰ったら?」
声を掛けてくれたのは国仲さんで、大丈夫ですとその日定時までは我慢して仕事を続けた。
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