第41話 迷宮疾走

 ―――石の森南方『苔岩地帯』

 石の樹が極端に減り、代わりにごつごつとした岩に席巻されるその大地にて。


《アイツだな》


 ベルの指示に従ってアルフェの術域から超高圧の水流が岩を削る―――その瞬間岩は飛び上がり、六の足を開いて大地を鳴らした。


「ぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


 岩石を背負う足長の蜘蛛が鎌のような二対の口をギャリギャリ鳴らして激高するが、アルフェはお構いなしでさらに魔術を行使した。


 ズダダダダダダッッッ!!!


 叩きつける水滴の弾丸。

 見た目の何倍にも圧縮されたそれは鋼鉄のような高度で蜘蛛の甲殻にねじ込まれるが、相手は巨体である、その程度のダメージでは揺るがず動じず―――


「上々ですね」


 続けざまに吹き荒れる絶凍の冷気。

 霧を凍らせ雪とするそれは雲の身体を一瞬で覆い包み―――ガギャンッ!


《ひゅーう!》

「ぎゃぎゅ!?」


 傷口の水分が急速に凍結→膨張することで全身の甲殻や背負う岩をさえ穿ち砕く。

 重量に負けて押しつぶされた蜘蛛へとアルフェは接近、噛み砕かんとする牙をかいくぐって顔面へと剣を突き立てた。


「これで終いです」


 ヅァンッッツ!!!!


 鮮烈なる衝撃が蜘蛛の身体を爆ぜさせる。

 体内に炸裂した雷撃によって絶命した蜘蛛の牙を、上下にぐいぐいと動かしてからえぐりぬく。

 丁寧に布で包み包んでやれば、環境を背負う蜘蛛ミミックの討伐は完了である。


「次に行きましょう」

《げはは! 瞬殺だぜ!》


 ―――さらに南下、至る石の森外縁。


 円形の岩肌から火山湖の水が染み出し、白色のぬるりとしたよどみが壁を地面を包んでいる。


「ふっ」

「ぐぎゅっ」


 ぬるると泳ぐように滑る灰白色のイモリ、ニセドラゴンの頭を呪文をまとう脚で踏み潰す。

 討伐証明部位のしっぽを切り取って、残りの死体を近くの湖に放り投げる。


 ひゅ、ドサッ、バグンッ!!!


 湖岸に落ちた、その瞬間に水中から飛び出した大きな口の犬みたいな魔物ウルフィッシュが死体に食らいつく。


「はぁッ!」


 それと同時に接近、水中に戻ろうとするところに冷気をぶつけて捕らえると、軽やかな跳躍とともに回転する蹴りを叩き込む!


「バゥッ!?」


 くわえたニセドラゴンごと踏み潰されるウルフィッシュ。

 砕いた頭蓋骨に剣を突き刺してとどめを刺したアルフェは、そのまま死体を引きずり上げるとウルフィッシュの前ひれを引きちぎった。


 そして死体を、今度はさらに湖の真中へと投げ捨てる。


 どっぷん―――……

 ……………

 ………

 …、―――ドッバァアアアアンッ!!!!


 怪魚飛翔。

 長い胴体に刃のようなヒレをまとう、ひげの長い巨大魚ムスカイズ。

 水中から勢いよく餌を食らったそのまま飛び出してきたそれに、アルフェは即座にとびかかった。


「そこッ!」


 ズン……ッ!

 眼球に突き立つ刃。

 汁があふれ白濁する眼球、うねる巨体、そして―――


 ヅァンッッツ!!!!


 雷撃が脳を破壊する。

 びぐんびぐんと弾みながら落水するそのひげを切り取ったアルフェは、魚肉を蹴り飛ばして湖岸へと。


 じゅるるるるッ!

 と白の岩肌を華麗なバランス感覚で滑走し、ひらりと回った背後で盛大に立ち上る水しぶき。

 ちょうど真上の石の樹が傘になって、降り注ぐ雨からアルフェを守った。


「次は……」


 ―――石の森を囲む壁には道がある。


 岩肌から突き出す白の足場だ。

 まるで岩にまとわりつく淀みを集めて固めたようなそれは、当たり前のようにぬるぬるしている。


 アルフェはそれを、ひょいひょいと飛び次いでわたっていた。


「邪魔です」


 その足場を作った魔物―――四枚翼の怪鳥バルトリ。


 は、すでに討伐印をもらっているので突っ込んできたところを殴り飛ばして淡々と処理していく。

 その途中でアルフェはバルトリの卵を発見し、そしてそれを狙うぼってりと太ったトカゲ、エッグドロップの脳天を貫いた。


 ごべ、と口から転がり落ちた卵がコロコロと転がって足場から落ちていく。

 バルトリの卵を奪い、そして自分の卵を置いていくところだったのだろう。


 エッグドロップの腹部にある卵袋にはバルトリのそれに酷似した卵が三つも入っていたが、アルフェは問答無用で卵袋をはぎ取った。


 恐ろしいほど伸縮性のあるその皮が討伐証明部位である。


 このさらに上が空泳ぐ大蛇エアリアルの主な生息域だったが、ついこの間ロコロコのおかげで埋まっている。


「もうひとふんばりと行きましょう」

《息切れすんなよ》

「誰に言っているのですか」


 ―――石の森南西部。


 壁の足場を渡り次いで、ちょうど遠くに見えたので飛び降りる。

 魔術で滑空し、降り立つそこは水晶ならぬ月晶の森。

 岩肌をえぐりぬくように生える月晶の中央に、下層へと続く大穴がある。


 第二層『月晶の花園』には、今回は用はない。


 まるでアルフェに呼応するように―――否。

 降り立ったアルフェに呼応して、それは動き出した。


 月晶の咲く岩肌が、そっくりそのまま立ち上がるかのような巨体。

 人の形を模倣したそれにしかし頭部はなく、左右不ぞろいの腕は右側から剣のように鋭利な月晶が伸びている。


 花園の守り手―――『イクリプス』


 ほかの魔物と異なり、数日に一度だけしか生まれない階層の主。

 迷宮の解放からまだ日も浅いこの時期は、新入生への配慮から通例として上級生による討伐は控えられている。そうでなくとも回避することが推奨されるような相手だ―――やはりいたかと、アルフェは構える。


 イクリプスは迷宮によるゴーレムである。


 ズシン、ズシン、ズシ、ズシ、


 ゆえに咆哮も気勢もなにもなく。


 ―――ズシズシズズドドドドドド―――ッッッ!!!


 しかし確かな殺意によって、月晶の騎士が侵入者へと爆走するッ!


 ギュッ、バウッ!


「ッ」


 岩肌をえぐりぬくような月晶剣の振り上げを全力で回避する。

 吹き荒れる暴風とまき散らされる岩石片はそれだけで脅威だ。

 すかさずとびかかって蹴りを叩き込むが、岩石相手にロクなダメージはない。


「それなら……!」


 創造するは水圧の一線。

 可能な限り広げた術域の中に目いっぱいの水、それを激烈に圧縮した指先大の一滴―――


 ヅッッッッ!!!!


 射出される高速の水弾は、しかしわずかに身をよじったイクリプスの月晶に受け止められる。

 ぐわん、と波紋する月のような青白い光。

 衝撃に反応して光を内部に生み出すのが月晶の性質だ。そしてもうひとつ、月晶は壮絶に―――硬い。


「欠けさえしませんか」

《歯ごたえありそうなヤツだぜ!》


 アルフェの有する魔術の中で最も一点の破壊力が高い超高圧水弾の一撃でさえ効果はないらしい。

 月晶ではなく岩石部分ならば確実にぶち抜けるだろうが……先ほどの動きは、明らかにそれを避けていた。


 そう簡単に勝てる相手ではなさそうだ。


「ふふ」


 だからこそ笑う。

 ぐ、と月晶剣を腰に構えるイクリプスを、アルフェは正面から見下した。


 指先を包む白手袋をキュッとしめ、衣服を整え、腕章を正す。


 完全なる彼女へと、そして月晶は疾駆する。


「ふっ」


 槍のように迫る月晶をかいくぐる。

 構わず圧し潰そうとする足元を滑り抜き、軽やかな反転とともに跳躍する。


 ドグッ!

 岩を破砕して急停止したイクリプスの回転斬りがアルフェを襲う。

 しかし彼女は空中で躍動、ギュワッ! と振り上げた足に三重の呪文を巻き付け、そして世界ごと蹴り飛ばす!


 ド……ッ!

 強引に蹴り落された月晶剣が、回転の勢いのまま岩肌に突き刺さる。

 反作用で宙を舞ったアルフェは即座に自分の背後へと術域を拡大、瞬時に想像した爆ぜる暴風を最低限の呪文で現実させ―――


「ッッ!」


 バゥッ!

 暴風まとい落下する、その腕に巻き付く四重の呪文。

 イクリプスは即座に反応、岩石をぶち抜いて、月晶剣を振り上げる―――ッ!


 ドッ―――ゴォオッ!!!


 衝突、衝撃、そして―――爆砕。


 おびただしく乱反射する月晶に入るヒビ。

 しかしそれを支えるイクリプスの身体は大部分が岩石だ、だから月晶剣を通してなおアルフェの一撃を受け止めきれなかった。


 ドゴゴゴゴ……!


 崩れ落ちていくイクリプス。

 空中で軽やかに舞い、降り立ったアルフェは、そのガレキの中からひとつの宝石を拾う。


 片手にはやや持ちにくいそれは文字通り完璧の真球であるらしく、暗い赤に染まっている。

 

 岩石とも月晶とも異なる、魔石。

 とも呼べるその内部には、イクリプスという存在を構成していた呪文が―――アルフェでさえまったく意味の理解できない、異形なる呪文が詰め込まれている。


 本来認識させるためのものである呪文。

 一目見れば読めなくとも意味が分かってしまうはずなのに、意味が分からないということ。

 それは極めて高度に圧縮された言語によって記述され、そしてあまりにも複雑すぎるから脳が理解を放棄しているのだ。


 もしもアルフェたちの用いる呪文に展開するとなれば、それこそ講義室いっぱいを満たせるらしい。


「思いのほか重いですね」

《割っちまえばよくねぇか?》

「そんなことをしたら台無しですよ」


 アルフェは魔石を片手で苦慮しながらもしまった。

 イクリプスを殴りつけた腕はしばらくは使い物にならない。


 傷を負ったわけではない。


 身体を変化させる魔術は、術域のそれと違って常に元に戻ろうとする作用がある。常に呪文を刻まなければいけないのはそれを強引に押し切っているからだ。


 そしてもちろん、そんな風に無理をしてあまりにも実際の肉体からかけ離れさせてしまうと反動がある。


「久々の感覚ですね」

《腕の一本でよかったな》

「ええ。しょせんは学園迷宮ですから。……それでも、私ひとりで始末できたのはうれしいですね」


 アルフェの腕は今『腕』という状態を忘れていた。

 この状態の肉体はむしろ術域並みに自在に魔術を使えたりもするが―――そんなことをすれば、二度と腕としての存在を失うだろう。


 さすがにこんなところで腕を失うわけにはいかないので、しばらくはこの使い物にならない腕を労わってやる必要がある。


「いずれにせよ目的は果たしました。帰りましょうか」

《腹もペコペコだからな》

「そうですね。……このままではフリエ先輩に怒られそうですし、外食でもして帰りましょうか」

《にく!》

「ええ。私もそのつもりですよ」

《げははは!》


 じゃれついてくるベルに好き放題モフモフされながら、アルフェは出口を目指す。


 今のイクリプスで、石の森の魔物はコンプリートだ。


 時間感覚はずいぶんとあいまいだったが、体感的にはもう昼をすっかり超えているだろう。少しばかり張り切って無茶をしてしまった。

 バックパックも重いし臭いしさんざんである。


 あまり生々しい討伐証明部位がなかったのは幸いでしたね……


 そんなことを思いつつも、アルフェの足取りはしっかりとしている。


 帰るまでが迷宮なのだ。

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