第39話 教え子

「ふっ」

「うぎゃああ!」


「ッ!」

「ごふっ!?」


「……」

「くたばおぼぉ!? ……げぶっ!?」


 実践剣術では生徒たちをことごとくねじ伏せ。


「今日は……ドルムン……」

「ぐももぉ……!」


 討伐技術では魔物を仕留め。


「精霊にはその顕現の仕方から『自立精霊』と『契約精霊』の二種類がいますが、どちらも―――」

《ほむほむ》

「……」


 精霊学では粛々と座学に励み。


「パリティア式茶会の主催作法だよ。もちろんキッチリ用意できてんだろうねぇ、えぇ?」

「もちろんでございます」


 礼儀作法では生徒たちせんせい手本おもちゃとなり。


 日々の講義に予習復習訓練鍛錬と、講義日は忙しく過ぎていく。


 問題はやはり実践剣術と、そして礼儀作法。

 とくに実践剣術は―――あまりにも不明だ。


 挑戦は一度、それも相手は元『最強の剣』だというのだからどれだけやっても安心などできやしなかった。

 アルフェは自分を弱いとは思っていない。

 だが彼女はエデンスに敗北した。教員でさえない一生徒に、純然たる武力のぶつかり合いでだ。


 それがどうして最強の剣になど勝てる?


《なーぁー》

「……ふふ。くすぐったいですよ」


 ぐるるると喉を鳴らしてじゃれついてくるベルをアルフェはわさわさとかわいがる。

 ベルとともにある彼女にとって人気のない廊下を見つけるのは趣味みたいなものだ。


 この廊下は足音がきれいに響くから、少し遠回りでも足を運ぶ価値はある。


 さてやってきた第一休講日、アルフェは今日も迷宮を目指していた。

 強くなるためにも迷宮は優れた訓練場所だ。

 今回はベルの協力を控えようかと、そんなことも考えている。


 強くならなければならない。


 白に至るために、もっと。


《む》


 そんなことを考え半分、可愛がり十分に歩いているとベルが耳をひくつかせる。

 もぞもぞと煙みたいに制服の中にもぐりこんだ彼女が視線を向ける先からは足音が響いてきた。


「―――おっ。なんだシケたツラしてやがんな」


 へらりと笑うのは灰髪にピアスの教員ラヴだった。

 紫の瞳にいたずらめいた光を灯して、なれなれしく彼女のもとにやってくる。


「ようアルフェ」

「……ごきげんよう先生。ご用事はよろしいのですか?」

「あン? おー。ダイジョブダイジョブ」


 大丈夫じゃないですけどー!?


 どこかから声が聞こえた気がした。

 とりあえず気にしないことにしようと瞬きひとつで振り払っていると、彼女はアルフェの肩に腕を回した。


《ぐるるぅ……!》

「んで、どうしたんだよピリピリして。なんかすげぇびりびりくんぜ」


 ほれ、と腕の鳥肌を見せてくるラヴ。

 たぶんそれはベルのせいだったが、アルフェは無垢に小首をかしげた。


「思い当たることはございませんが……そうですね。これから迷宮に向かうので少しばかり気が立っているのかもしれません」

「……ほぉん」


 じぃ、と穴が開くほど見つめられる。

 ベルはがんがんにガンをくれてやるが、ラヴに気にした様子はない。見えているかは不明でも感じ取ってはいるはずなので、これは完全なる無視であった。


「……んよし。来い」

「は」

《あ゛ぁコラ》


 ぽかんとするアルフェの返答など聞かず、ラヴは彼女を引っ張っていく。

 有無を言わさぬ怪力である。


「あの、先生。私はこれから迷宮に向かうつもりなのですが」

「そぉかよ。オレはこれからホリィちゃんと打ち合わせだったぜ」


 じゃあダメなのでは……?

 アルフェは思ったが口にはせず、あきらめて彼女に身をゆだねた。


 彼女は教師からの押しに弱い。白を目指しているので。


 そんなわけでアルフェは、ラヴに連れられて研究室にやってきた―――なぜかミリオネアの。


「急にどうしたのラぴえっ」


 ばたん。

 扉は開いた瞬間に閉じた。

 それからしばらくの静寂を挟んで、また扉は開く。


 虹の義眼が不器用な笑みでふたりを迎えた。


「キュホッ、急にどうしましたラヴさんにアルフェさん」

《げはは、声裏返ってんぜ》

「ベツにいーだろミリセンセ?」

「……生徒さんの前でそういう言葉遣いはダメですよ」

「あの、おふたりは親しい仲だったのですか?」


 なにやらミリオネアの様子がおかしいので、アルフェはさりげなくラヴと距離を取りつつ尋ねてみる。

 どちらかでいえばミリオネア推しなので、ほんのちょっぴりだけラヴへの警戒が向いていた。


 憧れ(?)の研究者に嫌がらせをするような相手はとてもよくない。


 はたしてアルフェの言葉に、ミリオネアは観念したようにため息をして。


「おうよ。なんせオレぁセンセの愛弟子だかんな」

「……まったく」


 口を開くよりも先に横からあっさりとラヴが答えた。

 胸を張るさまはなんとも誇らしげである。


 またひとつため息をしたミリオネアは、観念したような笑みでふたりを部屋に招き入れた。


「この子は昔から勝手なんです。教え子は教師に似ないんですね」

「んなことないと思いますがねー」


 慣れた様子で入っていくラヴと、それを当たり前に受け入れるミリオネア。


《へぇん?》


 なんとも親しげなふたりにいろいろと思うところはありつつ、アルフェもまたそれに続いた。


 ただ連れて来られた以上に、どうやら興味深いことになりそうだった。

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