第37話 遭遇
ギュパォッッッツ!
超音速で放たれるぬめった舌が音を苔を貫き、傘のような岩肌に刺さる。その瞬間ベルの爪が舌を切断し、急激に収縮した舌先がぎゅんっと縮こまり弾けた。
《おらよ!》
続けて振るわれる剛爪がぬめった腹をぶち破って、内臓をまき散らした巨大なカエルが地に伏せる。
ぎゅるる、と回った目が止まり、絶命した巨体はぴくぴくと震える。
一つ目巨大カエルのフロッギー。
高いところを飛び回って、いつかは空にでも行きたいのかもしれない夢見がちな魔物である。
ちょうどぴょんぴょんと樹上で散歩しているところを見つけたから、ちよっと寄って討伐したのだった。
フロッギーの討伐証明部位は舌だ。
舌先を超音速で射出する筋肉の塊は収縮しているとなかなか切り取れないので、腕に自信があれば伸びきったところをブチっといくといい。
《げはは! なかなか歯ごたえがあんぜこいつ!》
ベルは上機嫌でフロッギーを切り裂いていく。
巨体を跳ね飛ばす筋肉の塊はかなりの硬さで物理攻撃にはめっぽう強いが、彼女には全く関係ないらしい。
ちなみに体表の粘液は易燃性でビックリするほど熱に弱く、焼いてみるとすぐ死ぬ。熱で筋肉が弛緩するので、その後に舌を切り取るのがセオリーだ。
アルフェはまるで隕石のように岩肌にめり込んだ舌の塊を拾い上げる。頭ほどの大きさの塊だが二の腕にくる重さがあったので、カバンの底のほうに埋めておいた。
「ついでです。このまま行きましょうか」
《おーん? おうよ》
ベルがカエル捌きに飽きたところで、ふたりは今度は樹上を移動することにした。
林立どころか森立しているが高低差もあり、傾斜のある傘は非常に滑りやすい。どうしても飛び移って移動するしかないことも多く、学生の滑落事故が後を絶たないのでなるべく登らないようにと掲示されていたりする。
しかしアルフェとしてはそんなことを気にしている暇はない。フロッギーがそうであるように樹上を根城にする魔物も数体いるのだから。
そしてその一体が、目立ったふたりに目を付けた。
―――空から光が落ちてくる。
《おおん!?》
驚愕するベル。
樹上で頭上見上げてもそこには霧と飛んでる鳥がいるくらい―――ではなかった。
そもそもここは地下である。
だというのにどうして影が差し、この濃霧の中で視界があるのか。
その理由が、アレだ。
《げはははは! ウェェルカァアアアムッッッ!!!》
襲来する光の塊をベルは狂喜で出迎える。
降り注ぐは触手触手触手!
まるで光を薄膜に包んだようなそれは目もくらむような雨となり、ふたりを飲み込まんと躍動する!
《温すぎんじゃねぇのかよあ゛ぁん!?》
しかしふたりはエサではない。
毛並みを刃のように逆立てたベルの回転が触手をことごとく跳ね除けて、吹き荒れた刃の風がぶっ飛ばした。
それは光るイソギンチャクだ。
その名もキラモニ。
胴体にはうごめく吸盤の足があり、普段は天井に張り付いて近くにいる獲物を拾い食いしている。
ちぎれた触手もその体液も揮発するように霧に溶け、その向こうにくぱぁと開いた口がふたりを丸呑みに―――するより早く、ベルの爪が問答無用で切り刻んだ。
傘を滑って落ちていく死体。
その一部をベルに抑えてもらって、痙攣する肉が落ち着くのを待つ。
キラモニは死ぬと急速に触手が萎んで干物のようになり、切り取っても解けなくなる。その干物が討伐証明部位だ。コリコリしていて酢の物にするとおいしい。
《んむぅ、悪かねぇな》
呪文のおかげでアルフェの手を介さずとも食べられるので、好き放題に触手をむさぼるベル。
けれどふと顔を上げて遠くに視線を向けた。
《んーむ》
「…………!」
なにかの気配を感じ取った様子ながらも反応の鈍いベルだったが、アルフェも遅れてそれに気が付いた。
霧の向こうに滲むような影。
高速で飛び跳ねるそれは、一目散にアルフェたちへと向かってきて―――
「アルー!」
「ぎゅららあああ―――ッッッ!!!」
そこには元気いっぱいに両手を振るロコロコと、そしてその後ろをうねりうねる空飛ぶ大蛇がいた。
他の探索者に魔物を押し付けるモンスタートレインと呼ばれる行為……にしてはあまりにも元気いっぱいだが、いずれにしても迫ってくるのなら都合がいい。
「お退きください」
「おおー!」
歓声とともに加速、軽やかに飛び越えるロコロコの下で、アルフェの指す先に現実する細長い鉄の槍。
次の瞬間放たれた槍はまっすぐに大蛇の眼球をぶち抜き、そのまま脳を貫通すると絶命させた。
びぐんびぐんと身体を痙攣させながら墜落し、傘の上を滑る大蛇がアルフェに迫る。
「ほっ」
ギュルッと前に回り込んだロコロコが軽やかに振り下ろす身の丈を超える槌の一撃が大蛇の顔面をぶっ潰す。その衝撃で砕け飛んだ牙から長そうな二本をひょいひょいとキャッチしつつ、見向きもしない回し蹴りが大蛇を落した。
空気を泳ぐ大蛇エアリアル。
霧の中はただの空気中より泳ぎやすいらしく、石の森の上空にはけっこう生息していた。
討伐証明部位の牙は倒せばどうとでも取れる。
「あはは! ごめんなアルー! アルーに気づいたらついなー」
ロコロコがにこやかに牙を差し出してくるので、アルフェはためらいなくそれを受け取った。
「ありがとうございます。ロコさんも探索中でしたか」
「得意科目でがんばんないとだからなー」
《……》
ロコロコがやってきたので呪文を解くことになったベルは、能天気に笑う彼女を不服そうに睨みながらアルフェにまとわりつく。
どうやらふたりきりを邪魔されたのがお気に召さないらしい。アルフェはにこりと笑った。
「それでは失礼いたします。お互いに頑張りましょう」
「おー?」
くんくんと鼻を鳴らして、くるりと視線をめぐらすロコロコ。そうかと思えば、じ、とキラモニのあたりを見やって首をかしげる。
「……ん。そかー」
けれど気にしないことにしたようで、少し残念そうにまなじりを下げて、気を取り直してにっこりと笑う。
「また今度いっしょしよーな!」
これもまた野生的なカンか、しっかり空気を読んでくれるらしい。
「じゃーなー!」
と手を振って去っていくロコロコを見送る。
それからベルに従ってロコロコからさりげなく距離をとって、しばらくしたところでベルがふんすと鼻を鳴らす。
《げはは、物分かりいいヤツだな》
上機嫌ですりすりしてくるベルを見るにどうやらもう十分に離れたらしい。
ロコロコもまた討伐ノートを埋めているとなれば今後もまた遭遇することがあるだろう。ベルの存在を隠しておきたいアルフェとしては、魔物よりも彼女のほうが脅威になるかもしれなかった。
「……戦闘時は維持、それ以外は先ほどのように」
《いいのか?》
「話の通じる方でしょう。……そうでなければよろしくお願いいたします」
《げはは! 任せろ!》
とりあえずロコロコには最悪見られてもよし、という形で取り決める。
口止めができれば尚よし、できなければ―――それもまたよしだ。
視線を凍らせるアルフェに、ギラリと沸き立つベル。
しかしすぐにいつも通りになって、ふたりはまた探索を再開した。
白を目指すのだ、同級生ごときに負けてはいられない。
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