第35話 さくさく討伐でいきましょう
ひやりと肌に張り付く湿気。
苔むした岩肌は湿り気によってひどく滑る。
学園迷宮第一層―――『石の森』へとアルフェは降り立った。その装いは講義のときとおなじ、制服に軽装甲をまとった状態だ。
ただし素手で、仰々しい腕甲は装着していない。
《げはは! 暴れまわってやろうぜ!》
ぎぅぎぅとまとわりつくベルをかわいがってやりつつ、アルフェはとりあえず階層境界を目指す。
フリエとケーキを食べた翌日、第二休講日。
ふたりは朝も早くから迷宮へと潜っていた。
迷宮に関する講義は『討伐技術』と『迷宮学(実践)』の二種類であり、特に『討伐技術』では魔物手帳をコンプリートしなければならないのだから暇があれば挑んでおいたほうがいい。
だから移動中にも、討伐できる魔物がいれば積極的に狩っていく。
ベルの威圧感によって距離をとってしまうような魔物はひとまず後回しで、例えば石の木の根元、まるで木のうろみたいになったところなんかにも魔物は潜んでいたりする。
ベルの嗅覚に頼ってアルフェが覗き込んでみると、そこはうぞるうぞるとうごめく虫の坩堝になっている。なにやら体表がてらてらとぬめった、前腕くらいの長さの太い芋虫である。
口は円形で、ぎゅっぷぎゅっぷと開閉する内部には円を描くように鋭い歯が並んでいる。さらに奥には鋭い棘のような器官がぎちぎちとうごめいているが、それによって岩を砕き、吸い込むように体内に取り込むらしい。
ロックイーターという、名前の通り岩を食らう虫だ。
見た目のおどろおどろしさとは裏腹に危険度は低い。なにせ人間になどまったく興味がないのだから。
彼らは岩を食べ、作った穴の中に卵を植え付け、そして内部からさらに岩を食べる。土砂のような排泄物で穴をふさぐこともあって、それは固まるとカスカスの岩肌になる。
鉱石や石材系素材の名所である某迷宮にこれを持ち込むという悪質な犯罪行為を犯した者がかつていたというが、その際は素材は台無しになるわ不思議鉱石を食って謎の進化を迎える個体も出るわで大わらわだったらしい。
《げはは! きめぇなこいつ!》
そんなロックイータを見て楽しそうなベル。
うぞるうぞると悶えてみたり、真似して円形の牙を持った口を開けてみたりと遊んでいる。
アルフェは直剣を抜き放ち、ロックイーターへとまっすぐに向ける。
そしてその動きを見定め、一息に突き刺した!
どぅぢぷっ!
つぺっと張った皮膚を突き抜ける切っ先。
突き刺さったままぴぎぃぴぎぃと鳴き喚くロックイーターは、持ち上げてみたアルフェの目の前で力を失った。
ロックイーターの体表は岩で傷つかないようにぬめぬめと滑らかで刃を通しにくいが、しっぽの側にある心臓のような器官をつつくか、うまく潰せば死ぬ。口からなにか突っ込むとあっさり砕かれるので注意だ。
巣穴に棒を突き入れたりして、逃さないようにすり潰してやるのがセオリーらしい。
力を失ったロックイーターを足元に突き立てて、刃で捕らえたまま踏みつぶす。
べぢょっ、と傷口を広げて内部を吐き出したロックイーターの皮膚をかっさばいて、岩を砕くための鋭い牙をはぎ取った。
ロックイーターの討伐証明部位だ。
特徴的で、かつ生きたまま獲るのが困難だったりする部位が討伐証明になりやすい。あるいは手帳にある攻略法でなければ獲得出来ない部位などだ。
アルフェは牙をバックパックにしまい、死体を石の木の根元に放っておく。
《ただぶっ潰すだけだってのに面倒だよな》
「これも必要なことですから。心配せずとも、そう複雑な相手は多くありませんよ」
などと言っている間にも、足元の岩に生えた苔の隙間から細長い触手のようなものが伸びてロックイーターの身体に突き刺さっていく。
アルフェはそのうちの一本を指でつまみ上げ、ぎゅいいーと引き抜いた。
うねねうねねとうごめく虫は、やがて身体をぎゅるぎゅる丸めて動かなくなる。
《んだコイツ》
「ネクロム……迷宮の死体漁り。魔物の死体に惹かれて迷宮から発生する正体不明の魔物だそうです」
《ほぉん。……うまそうだな》
「……」
アルフェはもう一匹の虫を捕まえつつベルの口にネクロム玉を放り込む。
嬉々としてもぐもぐと咀嚼したベルは顔をしかめた。
《味ねぇ》
「そうですか」
まあ美味しいはずもないだろうな、と思いつつ。
ネクロムの玉を小さな瓶につめてバッグにしまう。
とりあえずこれで二体だ。
荒っぽいのは階層境界の向こうで相手をするとして、戦闘能力のない・低い魔物はこのあたりで処理しておきたい。
「このあたりで仕留めておきたい目標はあと五体です。もうしばらくガマンしてくださいね」
《しかたねぇなぁ……今のうちに牙を磨いておくぜ》
ギラリとやる気満々のベル。
彼女の出番を用意するためにも、早いとこ済ませよう。
アルフェは頭上に向けて術域を伸ばす。
創造するは風の槍。
渦巻く風を強引に押しとどめた嵐の種。
放たれたそれは空中で激しく爆散し、ぎゃあぎゃあと響く鳴き声が霧の空白地帯に集まっていく。
頭上で飛び回る異形の鳥たちを見上げて、アルフェは次なる獲物を殺すために動き出した。
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