第十話 ゲームブック(十頁目)
「火を焚きましょう」
そう言った瞬間、しんとアロロ達騎士団から言葉が消えた。
「教会ごと封鎖して、煙で燻すんです。良い具合にゴブリンの燻製になるんじゃないかな」
ドンっと机にしていた木箱を叩いて、騎士アロロが怒った。
「バカなっ!お前たちは先祖の霊を!」
「そうだ、不敬だぞ!」
やいやいと騒ぎ始める兵士たち。
そこに口を出すノブ。
「待て待て、良いアイデアかもしれんぞ。蒸し焼きにしてやろうぜ」
フォローありがとう、兵士が突然怒ったのでちょっとビビった。
「んー、でも出入り口って一つなの?」
「いや、小さな出入り口はいくつかある。……換気穴もあるか、いかんかな?」
「まずアンデッドには毒も窒息も無効だし、効率良くないかもね」
ふぅん、と意気消沈だ。
一発逆転の名案だったんだけどな。
「私の大魔法で何とかする?」
さやが困った時の第三魔法を進言する。
「500匹だぞ、そんな規模の……いや賢者が居たな」
賢者とは外界に干渉するより、自然や肉体に作用する魔法を探求した者たちである。
負傷や病までも治癒する魔法に精通している。
そしてその技術により、自らのMPを他の者に譲渡する事ができるのだ。その際は等価ではなく、少し目減りするようではあるが。
「賢者全員のMPもつぎ込んだらどうだ?」
ノブがそう尋ねる。
「やった事ないからわからないけど、大魔法だからいけるでしょ」
彼女は根拠のない自信に満ち溢れていた。
「北のゴブリンを放置する訳にもいかないし、二手に別れたら良いんじゃないかな」
「そうだな、北のゴブリン軍団は馬が使える騎士団と、あと魔法剣士二人で当たってもらって。残りの冒険者達で、地下のゴブリンを掃討しよう」
アロロも異論は無いようだ。うむ、なんて言ってうなずいている。
「騎士団の力、見せてやろう」
「あぁ、でも無茶はしなくて良い。機動力で突っついて
「ふむ、ではこちらは任せたぞ」
そう言って、ばっとアロロが去っていく。魔法剣士二人を連れて。
「じゃあこっちの作戦会議だ」
地下ゴブリン掃討作戦の概要はこうだ。
戦士と偵察者の14名が、ゴブリンと正面からぶつかり時間を稼ぐ。魔法使いはその援護だ。
後方から六人の賢者と、さやが協力して大魔法を発動させ、ゴブリンの軍勢に打撃を与える。
その混乱に乗じて、奥に居るだろうネクロマンサーに魔法剣士二人(俺を含む)が突撃する。
単一目標相手ならば、魔法剣士の右に出るものはない。二人掛かりならば少々のレベル差も跳ね除けられる筈だろう。
少々であればだけれど。
「魔法って、広場で安全に準備できないのか?」
「それは無理、イメージが重要だから。ゴブリンを目で見て、それを倒すモノをイメージして形にする。でないと魔法は発動できない」
「ふぅん、じゃあ目視できる範囲に居ないといけないのか」
「うん。だから守ってね」
「ああ、魔法準備中は近くに居るよ」
そう約束をした。
……
ぞろぞろと地下墓地に歩いて向かう。賢者は殆ど平服であり、武器も備えていないが、戦士は特徴的な格好をしていた。
斧を持った人、剣を持った人、槍を持った人。大きな盾に小さな盾。皆それぞれにこだわりの装備があるようだ。
そんな時、一際目立つ戦士を見つけた。
「侍がいる!?」
ん?とこちらを見る侍。
「どうも、こんにちは。山本です」
「あ、どうも。ユウです」
五十歳位だろうか、にこりと笑顔で優しそうなおじさんである。
何故か袴で日本刀を持っている。
「鎧とか、着ないんですか?」
戦士で軽装なのは珍しい、そこらで鎧や盾や兜をガチャガチャ鳴らしている。
「いや、お恥ずかしい。具足を買うお金も無くて。あるのはこれだけです」
そう言って示したのは腰に下げた二本の刀。大きいのと小さいの二本だ。
この山本さん、コスプレかと思ったが居合だか剣道だかの心得があるとの事だった。
地下墓地は洞窟というより宮殿だ。石を切り出して作られた空間は、ガランとしたホールを思わせる。
そして、そこにずらりと並んだゴブリンを見て、腰が引けた。その半数はゴブリンゾンビだが、棍棒や盾で武装するものまでいる。
割と不味いんじゃないだろうか。
俺ともう一人の魔法剣士は、ひとまず後方待機だ。さやの護衛である。
彼女はすでに魔法陣を描き始めている。
ゴブリンが接近するまでに、偵察者達が弓を射かける。
どこから用意したのだろう、ノブも弓を放っていた。
ぱたぱたと倒れる敵、脳みそが腐っているのか、反応が鈍い。散々射られた後、ようやくゴブリン軍団が突撃してきた!
それに合わせて前衛の戦士達が口々に雄叫びを上げて突っ込んだ!こちらも寄せ集め軍団だ、戦士達になんの作戦もない、突っ込んでやっつけるのみだ。なんか荒っぽい人が多い気がする。
ついに戦いが始まった。
ウワァァァっという叫び声。
ガァンガァンと武器が打ち合わされる音。
数が多いと音が大きい。
ザンッ
どさくさに紛れてさやと賢者を狙って来た、はぐれゴブリンを袈裟斬りに斬り裂く。
絶命すると同時にそれは僅かな灰になった。
召喚されたものだからだろうか?
しかしそれに目もくれず、お絵描きに夢中な彼女。
恐ろしい集中力である。
前方の戦士達の方へ、目を向ける。
随分善戦しているようだが、数が多すぎる。寄ってたかってボコボコにされてしまった者も居るようだ。死んでなければ良いが。
殺しても殺しても、後から湧いてくる敵と戦うのは精神的に辛い。
増えてるんじゃないかとすら思える。
24対500だからな。
「……マフラム!」
じりじり押し込まれていたその時、どぉんと火柱が上がった。ゴブリンの5、6匹が炎と共に宙を舞う。
第二魔法マフラム、フラムの上位に当たる炎の魔法だ。どうやら魔法使いの範囲魔法が集団の一角を焼き払ったらしい。
しかしそれでも、死んだものが灰になると同時に、すぐ後ろのモノが詰めてその穴を埋める。
正直、キリがない。
ぱらぱらと、こちらに抜けてくる敵も増えて来たように思う。
どぉん!!
一瞬、辺りが黄金色に照らされる。
また魔法だろう、爆炎と共に宙を舞うゴブリンはなかなか見られるものじゃない。
「さや!まだできない?」
目の前の敵を両断しながら、声をかける。
視線は前に向けたままだ。
「もうちょっと!」
そう返事が来る。
何分かかるんだよ、早くしてくれよと願いながら、飛んで来た石を打ち払った。
……
「できた!」
さやが叫ぶ。周りでは全てのMPを吸い尽くされた六人の賢者達が転がっている。
戦士達もゴブリンに埋もれてもみくちゃだ。
ばさりとマントを翻し、ゴブリンの群れを真っ直ぐ見据えて告げる。
「今は遠き世界の住人よ」
「彼の地より来たりて、その力を示せ!」
「
力を使い果たしたのか、彼女はそう叫ぶとペタと地面に座り込んでしまった。
地面の絵が一瞬光ったかと思うと、ぬるりと音も無くそれは現れた。大きな馬に乗った巨漢の影。
厳しい仮面に眼帯を付けた、王だ。
かつて彼の国で偉業を成したとされる王。
それが
その真っ黒な王がくるりと見回し、乗馬のまま、ゆっくりと戦場に向けて歩いていく。
戦場に似合わぬ、全くの無音である。
一騎?戦士が一騎だけなのか?
冒険者達の間にそんな空気が流れた。
命がけで時間を稼ぎ、動けない者もいる、そんな犠牲を払ってまで賭けた第三魔法。
気がつけば、ゴブリン達が「グッグッグ」と笑い始めた。
切り札が影の戦士一騎だけとは、とばかりに笑い出す。その声は次第に大きくなり、「「グゲゲゲゲゲ」」と大合唱が始まった。
しかし俺は信じている。
彼女が呼んだ彼は、戦局を左右するそれであると。
王はゴブリンの軍団の前に立ち、少しも怯まずに一喝した。
影に声は無い、全くの無音である、しかしそれは全ての兵の胸に確かに聞こえた。
しんっとゴブリンの笑い声が消える。
そしてその音なき声に、俺たちは奮い立った。倒れていた味方の戦士までもが剣を杖に立ち上がる。
喜びに心が震えた。彼と共に戦える、彼とのようになりたいと!
ふっと俺の隣を真っ黒な戦士が通りすぎる。
「?」
どこからともなく、次々と影の戦士達が王の元に集う。そう、王とは!
王とは国であり、その象徴なのだ!
気がつけば、無数の屈強な影の戦士達が周りを取り囲んでいる。何人いるのか検討もつかない。
王はこちらを振り返り、メイス振り上げる。
影の戦士達が、一斉に盾を打ち鳴らした!
そして、王の命令が下る。
「
その命令は俺にも、俺たちにもはっきりと伝わった!
「「「ウォォォォォォォオオ!!!」」」
どこからそんな声が出るのか。
地を揺るがす雄叫びをあげて、俺たちは駆け出した!
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