没文

木更津 恵美香

性別:女 年齢:16歳 職業:佐渡川高校2年生(2年4組 理系)

身長:160㎝ 体重:55㎏

容姿:大き目な胸、くりくりとした瞳

役割:

概要

 篤史を好きな人。ボランティア部部長


(没 ボランティア部部長の役回りは要




時が過ぎるのは早いもので、つい最近まで残暑に苦しめられていたというのに季節はもう秋の入り口に立っている。


人助けばっかりしているうちに、いつの間にか僕はそんな風に呼ばれていた。


 修二がぶつかった少女は、突然の衝撃に足をもつれさせた。

 よろめく、倒れる、転びそうになる。

 危うい少女の体勢を前に僕と修二は同時に動いた。

 僕は右側、修二は左側。彼女を挟むようにして、彼女の背中に手を伸ばす。


すんでのところで、


 自分自身のスタンスが間違っているとは思ってない。誰になんと言われようとも。

 僕が彼女のことを聞いてしまったのは、それは、


「なんとなく、よく知るものの気配がしたから」


 何処の何にそれを感じたのかは分からない。瞳に宿った暗いものなのか、細すぎるくらいの体躯なのか、あるいはそれ以外の何かなのか。考えたところで明確なことはわからない。

 ただなんとなく、そうなんとなく彼女からはよく知るものの気配を感じたんだ。

 

「なんじゃそりゃ」


若干空気が悪くなってきたところで、キーンコーンカーンコーンと昼休み終了の5分前を告げるチャイムが鳴る。


「ほら、行くよ」


 都合が良い。修二の肩を叩き、僕は教室へと急ぐ。

 

だけどあの目には、その体躯から予想できないほどの強い意志が籠っていた。

 というより、


(何かが凝り固まったような……)



刃を根本に掛け、引く。刈り取った束を1カ所に集める。

 刃を根本に掛け、引く。刈り取った束を1カ所に集める。

 刃を根本に掛け、引く。刈り取った束を1カ所に集める。

 刃を根本に掛け、引く。刈り取った束を……


「ん、んーーぅ」


 僕は立ち上がり、痛み始めた腰をねぎらう。

 放課後、グランドの西側で。僕は約束通り、頼んできた少女――ボランティア部の部長だっけ――と草刈りに勤しんでいた。

 慣れない草刈りは腰に来るものがある。長く腰を屈めるなんて日常ではしない動作だから、結構辛い。

 ただ辛かっただけの成果はあった。グランドの西側に生い茂っていた草のほとんどは刈り取られ、


 どれくらい時間が経ったんだろうかと時計を見れば、2つの針が差すのは17時26分。作業を始めてから大体1時間半くらいが経ってる。腰も当然痛くなるわけだ。



 もう1度、腰を思いっきり伸ばし、再び作業を開始する。


それから当然、生徒がそれに応じる声も。

 最終下校時刻間近。先生たちは、


暗い屋上への階段を上る。最終下校時刻間近で、生徒の追い出しをしている先生たちに見つからないように出来る限り音を立てないようにして。人気のない校舎は不気味なほど静まり返っている。少しの音でも大きく響き渡りそうだった。

 会いに行くのは校則破りの女子生徒。先生がいない方が都合が良いに決まってる。


・優柔不断さから、自分自身が出せない=篤史の自分を受け入れてもらえないという虚しさの示唆につなげる(新)


はぁ、と1つ溜息。優柔不断な僕の悪い面が顔を出してる。いけない、と思いながら簡単になくせないのが短所というもの。泥のような感覚に嫌気が


 不快さと良心の葛藤に苛まれる僕に、笠松さんは疑問を畳みかけてきた。



自殺欲求だって、どうでも良いに違いない。それしかないと思った。だから選ぶ。そんな状況に流された結論でしかないんだ。



「じゃ、今日はこの辺で。また暇がある時に教室に行くよ。その時はよろしく」

「は? ちょっと待って、ほんとに何する気?!」


 ぎゃーぎゃー騒いでいる笠松さんを尻目に、僕はさっさと屋上から去る。

 さて、これからどうしようか。忙しくなりそうだぞ。

 とりあえずは、


「虚しさを解消する方法。それを考えないね……っ」


 

 

 階段を音を立てて駆け降りる僕は、ほんの少し、ほんの少しだけ胸を高鳴らせていた。


最後の音にかき消されないようにして、



 定年に近いおじいさん先生がようやく帰りのHRを締めた。

 僕は急いで荷物をまとめると、2年7組の教室へと急ぐ。


 虚しさ。それが原因の、


チケットを買い、スクリーンに向かおうとした時、ふと彼女が視線を売店に移した。

 

葵が軽食食べたい



「それじゃ、自転車乗ったら校門で待ち合わせで」

「…………はぁ」

「屋上の鍵」

「分かってるわよ」


 嫌な予感がしたので釘を刺すと、疲れた様子で言葉が返ってきた。分かってるなら良し。

  さて、笠松さんは映画館の場所を知らないようだし、ここは僕が先導するしかないだろう。


 会話を終えた僕は再びスピード上げて、前を行く。

 でも、なんていうか出だしで躓いてる気がしてる。見るものがはっきりしないというのは、つまり映画に対するこだわりはそんなに強くないということで、彼女を生に引き留めるには弱い気がするんだよね。

 そんなもやもやした気持ちを胸の内に抱える僕

再び先を行くために


 学校を出た僕と笠松さんは、自転車に乗って映画館を目指した。

 佐渡川生御用達の映画館と言えば、やはり月島シアターだ。佐渡川高校から自転車で10分くらいの位置にあるこの映画館は、それほど大きな映画館じゃないし、上映してる映画数も多いというわけじゃないけれど、メジャーどころはしっかり押さえているからよっぽどの映画好きじゃない限りは事足りる。

 今日だって見覚えのある制服姿がちらほらと映画館に入っていくのが見える。衣替えの時期だから冬服と夏服の生徒が半々くらいか。この寒いのによくクールビズでいられるなぁ。

 

「今日、結構寒いよね?」

「そうね。秋が始まったって感じだわ」


 隣にいる笠松さんに同意を求めると、彼女も彼女で首を縦に振った。寒い中、外でうだうだしても仕方ないし、さっさと入ることにしよう。

 大きなガラスの扉を開けば、若干暖房の入った空気が僕たちを出迎えた。漂う甘い匂いはまさに映画館と言った感じ。暗い深緑と燻んだ臙脂色のアラベスク模様のカーペットが敷かれているのも、余計にそんな気持ちにさせた。やっぱり映画館といえば、甘ったるい匂いとちょっと上等な感じのする内装だ。なんというか異世界感? 日常から切り離されてる雰囲気が良い。

 入って右側にチケット売り場があるので、とりあえず笠松さんと一緒にそちらへ移動。チケット売り場の列に並ぶ前に、上映中の映画作品を確認する。

 だって、まだ見る映画決めてない。学校で笠松さんから映画が好きだったことを聞いて、飛び出してきたのが現状だ。2人で自転車乗ってたから、道中も調べようがなかったし。

 僕は尋ねる。


「笠松さんは、どんな映画が好き?」

「…………好きなものと言われると困るわね。あんまり意識したことなかったわ」

「昔は何を見てたの?」

「誰もが知ってるメジャー作品よ。続編でもやってれば、と思うけど、そんな都合よくあるわけないか」


 寒い中、外でうだうだしても仕方ないし、さっさと入ることにしよう。


 漂う甘い匂いはまさに映画館と言った感じ。

うん、やっぱり映画館と言えば、この甘ったるい空気だよね。


 空気に混じるのはチュロスか何かの甘ったるい空気。


余計にそんな気持ちにさせた。


こうなったら、もう修二は止まらない。僕の時もそうだった。「まじかる☆まじかる」全26話を付き合って見たと言えば聞こえが良いけど、実際は強制的に見せられたようなもの。途中で帰ろうとすればしがみついてまで引き止めて、挙句の果てに背中にのしかかって身動きを封じてきた。スイッチが入った修二の押し推しは強烈で、誰かに止められるようなものじゃない。


僕に「まじかる☆まじかる」を薦めた時と同じだ。



 懐古とは過去の娯楽化に近い。


それから、カツサンドが届くとすぐさま食べ始めた。よっぽどお腹が空いてたらしい


退屈でも、怒りでもない、侮蔑の表情に驚く。そういう

 カップの端に口を付ける時間が長かった。

 まるで現実の苦さを甘みで誤魔化しているように、

 


今日は10月の終わりにしては、随分と温かい日だった。朝は寒くて上着を着てきたんだけど、日が昇り切った今では少し暑くて脱いでしまっている。

 


地下鉄の4番出口を出た先で、僕は時間が過ぎるのを待っていた。


10月にしては、随分と温かい日だった。朝に着てきた上着が脱ぐくらい暖かくて、1日の寒暖差の激しさにいよいよ秋本番だななんて



だから僕は朝着てきた上着を脱いで腕に掛けている。

 

基本的に返事はなく、返事が貰えたのは今日の誘ったメッセージくらいだ



だけど、雑談みたいなメッセージはもっと送った方が良いかもしれないなんてとは




「おぉ……」

「…………」

「おぉ……っ」

「…………」

「おぉっっ……」

「……ふんっ」

「いったいっ」


 薄暗い水槽の中でのんびりイルカたちを眺めていると、背中に重たい衝撃が走った。思わず前につんのめる。

 そんなことをする犯人は言うまでもない。背中を摩りながら、僕は彼女に問う。


「突然どうしたの、笠松さん」

「どうしたのじゃないわよ、なんで私そっちのけで楽しんでるの」

「えぇっ? そんなそっちのけだなんて、そんなそんな」

「いや、そっちのけだったでしょ」

「…………」

「沈黙は肯定と受け取るわよ」


 そんな敵を追い詰める映画の登場人物みたいに言わないでって、ごめんって。


「だって――」

「――だって?」

「イルカを生で見たの


 それに、


「此処来たの初めてださ、結構新鮮で」


 近寄ってくる人に噛みつく、荒々しいイメージとは真逆。普段の振る舞いとはあまりにもかけ離れていた。

 いや違う。そうじゃない。普段を思い出せ。狂犬と揶揄される振る舞いも、拒絶し、否定し、逃げ出す行為となんら変わらないじゃないか。遠ざけるなんて、見方を変えれば逃げ出すことと同じ。向き合わず、背を向けているという点で同義だ。(期待への裏切り)

 遠ざけて、触れられないように怯えているだけ。威嚇の裏には笠松さんが抱く恐怖がある。

心の躍動を恐怖で蓋をしているから、退屈に感じているだけだ。さっきみたいに自分で自分の気持ちを否定していたら、

 




決して目を逸らせない虚しさとは真逆。

 


何もかもに噛みつき、闘争心をむき出しにする笠松さんの普段の振る舞いとは、あまりにも違い過ぎた。

 いや、違う。きっと噛みついている時だって、戦おうとは思っていない。怖がっているんだろう。だから、威嚇し、遠ざけ、触れられないようにする。





 恐れていると、そう感じた。拒絶し、否定し、逃げ出す。目を向けることすらしないのは、心の奥底に言いようのない怖気が潜んでいるからだ。直視したら耐えられない。そういう予感を抱いているからだ。


(何が怖いんだろう)


 そう疑問する。何を恐れているんだろう彼女は。

 正直、今の僕にはその恐怖の正体は分からない。だけど、その恐怖が虚しさに関わっているのは、今の僕にも分かる。

 笠松さんは決して物事に無関心じゃない。全てに退屈そうな割には、惹かれるものが多い。それでも退屈そうなのは、心の躍動をさっきみたいに恐怖で見ないようにしているからだ。自分で自分の気持ちを否定していたら、退屈は当然だった。

 きっと彼女だってそんなことは分かってる。だけど、


参加費は2000円を払えば、

 


篤史 笠松呼び止める。特に何も考えておらず、その場で目に入ったイルカショーを目につける。空いた時間に、ワークショップに入る


そして、そんな人混みは今の僕にとっては致命的だった。何故なら両手はフランクフルトで塞がっているからだ。人に当たりでもしたら、目も当てられない事態になる。



「えっと、じゃあフランクフルトとウーロン茶を1つづつ、お願いします。笠松さんはどうする?」

「私はなんでも——いいえ、



イルカショーには外のエリアで開かれるにも関わらず多くの人が集まっていた。きっと今日の陽気が良いせいだろう。ごった返す人の群れは、やや息苦しかった。

  

 雨如何ドッグを持っている。




 結局、笠松さんのハーバリウム作りは1時間以上




 僕の答えを聞いた笠松さんは、一転いたたまれないような表情をすると、


「ごめん」


 なんて一言謝った。

 なんだか深刻な雰囲気になってきたぞ。正直、深刻になられても困る。僕は全然気にしていないし。


「まぁ、そんな暗い顔しないで。明るく行こうよ、明るく」

「なんか……ごめんなさいね」

「だから謝らなくて良いって。いつものギラギラした感じはどこ行ったのっ」


 あー、もうっ。調子が狂うなぁ! いつものつんけんした様子の笠松さんに気を遣われるのは、居心地が悪いったらない。

 空気を切り替えるべく、僕は努めて明るい声で言った。


「か、笠松さんはどうなのさっ。家族とはよく何処かに行ったりしたのっ?」


 問う。問うてから、自分の迂闊さが嫌になった。

 笠松さんが抱える虚しさ、それに結びついた家族観。家族の話なんて、適当にするべきじゃなかった。

 くしゃりと、笠松さんの右手がゴミと化したフランクフルトの包を握りつぶす音が聞こえた。それから笠松さんは嘲りと共に告げた。


「そうね。うちはよく外出する家族だったわよ」


 「でも」と彼女は続ける。


「もしかしたら貴方の家族の方が羨ましくなるような、そんな外出にいつもなったけどね」

 ふと唐突に、笠松さんがこちらを向いた。

 問いかけに僕は疑問する。



家族で出かけるときに、彼女はずっと気を張り続けたんだろう。いつ何が親を怒らせる原因になるか分からなかったから、自分のやりたいことも言い出せずに自分の思いに蓋をしていたんだ。


そしてそれが常になって、熱帯魚の時やハーバリウムのワークショップの時みたいに、自分のやりたいことを遠ざけることを習慣的にするようになったんだ。

仲良くなかった家族や親から貰えなかった愛情を今なおを追い求めている笠松さんの本心が垣間見える。



 笠松さんは未だに期待してる。仲の良い家族を、愛情深い親を。


心を動かすことに疲れ果てて、


そう言えば、初めて会った日の屋上ではあんなことを言っていたっけ。自分の中の虚しさが際立つような気がするから、誰かが楽しそうな顔をしているのが嫌いって。


「あんまりしっかり見れなかったわね」

「良いよ、それ以上に意味ある話が出来たから」


自分のやりたいことを言い出さない彼女が僕にしたいことを言ってくれるには、


自分の要望を言い出すことが苦手な笠松さんが、負い目を理由に頼みや


 笠松さんは絞り出すように言う。


普通電車から僕らの最寄り駅を出発した。遅れて吹き付ける風は冷たく、電車で中途半端に温まった体は容赦なく冷やされてしまった。湯冷めした時と同じだ。体の表面だけの温もりは余計に体の芯を冷ます。

 ぶるる、と体を震わせる。寒い、本当に。昼の暖かさが嘘のようだった。普通電車しか止まらない駅には、ベンチと自動販売機が1台置いてあるだけだ。薄寂れた様子が余計に


肺を満たす夜の冷たさが心地良いと感じたのは、


こらそこ! 「篤史……?」ってとしないで……! 僕の、僕の名前だから!!


「遊ぶの良いことだ。いつも言ってるけど、お前は遊ばなすぎるしな。楽しむのは大事だ」


「ほかにも色々

 

 



「遊ぶの良いことだ。いつも言ってるけど、お前は遊ばなすぎるしな。楽しむのは大事だ」


 目の前の男は何処か遠く見るような目でそう言った。だけど、すぐに神妙な顔をして、こうも続ける。



 困っていると言えば噓になる。それは何も、予定があって断りづらいとか――それだったら嬉々として断ってるけど――3日前というのが突然すぎるとか、そういう理由からじゃない。

 一番困ってるのは――


 何が厄介って、人の話を聞かないところ

だ。



私の在り方を脅かす侵略的外来種だ。


 おかげで、私が作ってきたイメージが台無しだ。

  第一、人を誘うって言っときながら、声をかけてくるのが遅すぎるのよ。今日が何日だと思ってるの、11月4日よ? 11月4日。

 

ってこれじゃ、私が楽しみにしてるみたいじゃない。


自分のようなものにとっては特に。


心臓が縮み上がるような感じがして、体に熱を通わせる血液

 

生徒たちの間、縫うようにして進む。誰ともぶつからないように、


 ただまぁ、これくらい言えば、ちゃんと反省してくれているだろう。きちんと行動を改めてくれればそれで良い。

 

 視線はすぐに逸らされてしまったけど、でもその無意識の振る舞いが確かな思いを伝えてくれた。

 浅く拳を握る。いつかこんなやり取りをした。


『無駄だと思うわよ。それでもやるの?』

『やる。


 少しアイツを羨ましく思う。友達なんて私は求めないけど、それでも自分を思ってくれる人がいるのは




その楽しさとか、感じないタイプの人間なの?」

「感じないって程でもないと思うが、何処か一線を引いてる、心の底からは楽しんでないっていうのは確かだよ。軽いんだ、反応が」

「そう……」


 ふつふつと、なんて怒りは湧いてこなかった。

 むしろ逆。乾いた冷たさがと私の心に下りてきた。



 忌々しいので強引に話の流れを変えてやろう。


「でも、アイツが物事を冷めた様子で見ているようには見えないわね」

「そりゃそうだろ。お前といる時は楽しそうなんだから」


「長い付き合いだからこそ分かることだろうけどな」

「そうね、傍から見たら分からないもの」

「いや、お前の場合は楽しそうなところしか見ていないだろ。お前の前じゃ、楽しそうなんだから」


「と言いつつ、水族館デートじゃ付き合うって言った暴力系ツンデレガールなのだった」

「アイツ、人の恥ずかしい言葉をべらべらしゃべりやがって……っ!」


 握りしめた拳


「大井ってあんまり楽しいこととかない人なの?」


でも、飲み込めるだけの痛みだった。飲み込まなければならない痛みだった。


だって、良かった? 蛇が飛び出して来なくて。

 本当に?

 そんな風に思う自分が、じくじくと、じくじくと、心の柔らかいところを指すから。 


「重苦しい雲にさよなら」


「打ち付ける雨にさよなら」


「手を塞ぐ傘にさよなら」


「途切れた雲の隙間に漏れる」


快晴きぼうに向かって、ボクは走るよ」


「頬を撫でる冷たい風が」


「暖かくなるその日まで」


 最後の歌詞を引き絞るように、叫ぶように笠松さんは歌う。

 それで、どうして彼女がこの曲を選曲したのかが分かった。

 リンクするんだ。歌詞と、彼女の思いが。

 笠松さんは救いを求めてる。口では何と言ってようとも、自分自身が抱える虚しさを失くしてくれるものを。

 彼女はこちらに視線を寄越した。と言った様子で、寄越した。

 その視線は直ぐに慌てた様子で逸らされてしまったけれど、そうして誤魔化したつもりなのかもしれないけど、単なる僕の憶測を確かなものにしただけだった。

 恥ずかしがるなら、選ばなければ良いのに。一体どういうアピールなんだろうか。

 いじらしい。


 私は未だに、修二から聞いた言葉の意味を考えている。


『思うに心から何かが欠落してるんだろう。ぽっかりと心に穴が空いてるみたいだ。普通の人が持っているありふれたものをアイツは持ってない』




 そもそも。私とアイツが同じ、なんて考える方が間違ってるから、尋ねる必要があるのか。 

 だってアイツは誰かを進んで助けちゃうくらいに優等生で、私とは全然違う人間だから。


 ぱぁん、と乾いた音が鳴る。


 弾いたペンに思いの外、勢いがついてしまい、私はペンを取りこぼす。

 飛び出したペンは放物線を描き、床へと落ちた。

 

……まぁ、僕が慣れてないからマイナスイメージを抱いてるだけなのかもしれないけど。

 これまでも慣れない場所に連れてきたけど、流石に 

今日、僕が笠松さんを連れてきたのはゲームセンターだ。


流石の僕も来てしまったのは失敗かもと思ってしまった。

 笠松さんは硬い声で言う。


「今日、帰らない?」

「待って、まだ判断するのは早いって」


 即断即決、であった。

「最悪、怒った理由は言ってくれなくて良いよ。でも、殴って終わりっていうのはもう止めて欲しい」


 折角苦労して取ったんだ。八つ当たりのように捨てられたは困る。

 笠松さんは顔を赤くして、反論してきた。



 そして、実感する。

 どうやら私は本格的に後戻りできなくなっているらしい。

 認めなくてはならない。


疑問したところで答えは決まってる。アイツは私のことを何とも思っていないからだ。どうせ優等生的な考えしか持っていないんだろう。困っているから助ける。その程度の認識でしかない。

 「ボランティア部部長に浮気かー?」


 そうだ! ボランティア部部長だ。


  修二は僕を含むところがある視線で見ていた。

 


 笠松さんが居なくなって、ようやく世界に音が戻って来る。

 こんな時だけ、


 今度は、笠松さんの背中をただ見送ることしか出来なかった。 



 笠松さんの背中が廊下の向こう側に消える。

 今度は、笠松さんの背中を追わなかった。

 追えるわけがなかった。


僕と彼女がこうなる前に考えたって、何がどうなっていたというわけでもないだろうけど。

止めろ、止めて、止めてくれ。

 頼むから、止めてくれ。

 これ以上、僕の欺瞞を砕かないでくれ――ッ。

「だってもクソもあるか。良いからやりたいようにやれよ」


 味気のない1日が終わる。


そんだけアイツのこと大事なら、

そんな僕だから、笠松さんの前に顔を出せるわけがないんだ。


言葉を置き捨てて、僕はとっぷりと暗くなった廊下を駆け出した。


だって、もう僕に灯はいらないから。

僕には笠松さんがいるから。



しょうがないじゃない。眩んだって良いって思える光だったんだもの。

 

 





光を失った私は、どうすれば良いのか。

私は最低な女だ。わかってる自分が悪いって。勝手に期待して裏切られた気分になったのは私だ。


あまりにも強い光は人の目を眩ませる。私がアイツに惑わされたように。



 当然か、もう日もすっかり落ち切っているのだから。


どうやら全員帰ったらしい。



 運動場の隅は見ないようにしていた。


 乾いた葉が擦れる音がする。

 

どうやら生徒は全員帰ったらしい。冬の部活時間が短い、だけじゃなくてテスト週間前だから先生が早めに帰したんだろう。うちはそこまで部活が盛んな学校というわけではない。先生としても、さっさと家に帰って勉強してくれた方が嬉しいだろうし。


あれだけ一緒に居たんだ。笠松さんに僅かな違和感を感じさせたことだってあっただろう。そして、それらを線で結んで1つの結論に至るのは仕方のないことだった。


 欺瞞だらけの僕は確かに自分の本音を隠したけど、決して嘘を吐くのが得意というわけじゃない。隠しきれない部分は当然出てくるわけで。 


 予定調和の言葉に、いっそ自分の頬が緩んでしまう。


ふざけないでっ、馬鹿にしないでっ、私は――私はッ、そんなおこぼれで満たされる





 

 唯一を求める笠松さんに



貴方が私の人助けは、全て自分の虚しさを埋めるためのものだった――ッ!!」



 突きつけられた笠松さんの解答に、僕はかつてを懐古する。


「うちの親はさ、



『自分自身を受け止めてもらえない』なんて

 

笠松さんが虚しさを抱えてくれていた方が僕の虚しさを紛らわすことが出来るから。


 

殊更にタチが悪いのは、社会的なタダシサを振り翳して来るところ。勉強だとか成長だとか、そう言った綺麗事ばかりを押し付けて来る。



  始まりは間違いだったけど、それでも過程は間違いじゃなかったんだ。

 

 


 やんわりとした拒絶。だけど、拒絶は届いていることの裏返しだ。

 

 「確かにあの人たちの言うことは正しい。でも、正しいこと

 

 それが僕の悪性。自分の為なら人を簡単に使い捨てられる邪悪。

何もかもが虚しくなった僕は、代替手段として誰かを求めた。




「今回みたいに貴方の思い通りにならないかもしれない」

「でも、これまでだってなんだかんだ笠松さんは僕に付き合ってくれた。これからだってそうしてくれるよ」


 一歩、近づく。


 



笠松さんが必死に遠ざけていたその恐怖を思い出させたのは他でもない僕自身。


 一歩、近づく。



 

 


 

 虚しさが、決してなくならないと知っているからこそ信じられる確かな繋がり。




「笠松さん、聞いて欲しい」

「やだ」


 一歩、近づく。



 


「私には貴方を繋ぎ止められるほどの魅力がない……っ」



 ここに来て、何度も振りかざされてきた社会的正しさが現れる。


 篤史の動機が薄い、か?楽しいじゃなくて、純粋な好意としてやるべきか?


笠松の恐怖。楽しいがなくなったら捨てられる


追い詰められた笠松さんの顔には、怯えの表情が浮かんでいた。


僕の接近に気づいてて、それでも僕を突き飛ばさないで言葉で遠ざけようとするのは、

真っすぐで貴方をしたって来るあの子の方が――」


どうしてそこで他人に譲ってしまうんだ。どうして我儘なのに自分を優先しないんだ。涙を浮かべるくらいなら、

 まったく、めんどくさい。ほんとの本当にめんどくさい。涙を浮かべるくらい嫌なら、素直になってくれれば良いのに。

 思わず笑ってしまった。


だけど、裏切られるのが怖くて、もう何も信じたく

 歯を食いしばる。だけど、後悔の時はとうに過ぎた。今は彼女に償う時だ。


笠松さんに残る最後のしこり。ようやく僕はそれに気が付く。

 彼女は自分に自信がないんだ。


 それでも、彼女はまだ納得出来ていない。納得出来ない理由が、まだ笠松さんの心にある。


  なんとなく楽しくなって、もう一度言ってやる。


「だって、ほんとのこと――」

「――ふんっ」


「恥ずかしくない気持ちを恥ずかしがる理由がないからね」




「……何よ」

「なんでもない」

 

 僕の隣には笠松さんがいる。笠松さんの隣には僕がいる。

 手のひらから伝わる温もりがあれば、

 

 




 


僕の指に優しい力強さが応えた。




そして、僕の言葉に少しばかり考えてくれた笠松さんだって同じ気持ちで居てくれているはずだ。

 

「貴方と居ると、心臓とか羞恥心とか、そういうのが持ちそうにないわね」

「嫌だった?」

「嫌とは言ってない」


 なら、良かった。

 


 


 不穏な空気を出さないで、不穏な空気を。

 


 笠松の描写。



頬に当たる空気が冷たい。季節は一段と冬の気配を強めていた。テレビのニュースによると今年は寒冬のようで、例年より一足早く冬が来るらしい。

 



 笠松葵のタイムリミットのことを付け加える。


 季節は冬の気配を少しずつ強めていて、今日もまた気温が


 11月15日。 


 


 こちらとは目を合わせず、笠松さんは呟いた。それから覚束ない指使いで僕の指に彼女の指を絡めてくる。

 思わずぎょっとなって、肩を跳ね上げた。


「……何よ」

「何でもないです……」

「ふんっ」


 なんだか勝ち誇ったような感じで鼻を鳴らされてしまった。もう恥ずかしさとかそういうのは振り切ってしまって、一周回って楽しくなってるらしい。

 でも、どんな風に手を結んだって、この時間は自転車置き場までの短い時間だ。その事実が寂しい。


それに…純粋に笠松さんの笑顔は見ていたいし、ね。


だから、話の種にされるのはあんまり良い気はしないけど、ただ無邪気なだけだからあんまり邪険にもするのも気が引ける。そんな塩梅だ。

孤高を気取っていた笠松さんにいきなり恋人が出来たことに盛り上がってる様子だった。 

でも、今の笠松さんには僕がいる。


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秋風は空虚な心に冷たい 御都米ライハ @raiha8325

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