2月3日(金)福来たるよ、タツミさん

 昼休み、タツミに呼び出され校舎裏のベストプレイスへと向かった。


 タツミはそこにいた。こちらに背を向けて立っている。

 陽はあるがお世辞にも暖かいとはいえない2月の空の下、学校の寂れた場所に佇む彼女はどこかミステリアスでシリアスな雰囲気を纏っているように見えた。


「よう、大事な話ってなんだ?」


 その背に声をかけつつ近づくと、タツミはリズミカルな足取りで素早くこちらに振り返り、ふわっとスカートと髪がわずかに靡く。白い木漏れ日をまばらに受けるその白い顔が神妙そうにこちらを見つめる。


 なんだか、今日のタツミは異様なほど清楚で綺麗だった。

 思わず俺の胸が高鳴る。


「来てくれてありがとう」


 ぽつりとつぶやくタツミの言葉もいつもの軽い調子がなく、やはりシリアスなムードを醸し出していた。


「ありがとう、って別に礼を言われるようなことじゃないと思うけど」


「うん。でも、来てくれて嬉しいから」


 タツミはふと、伏し目がちに頬を染めた。

 そんなタツミが可愛すぎて、俺も顔が熱くなってきた。


 なにがなんだか全然わからないが、今日はいつものタツミとはなにかが違う。

 仲良くなる前に薄っすらと勝手に思い描いていた、あの頃の想像のタツミが今目の前に現出したような感じだった。


 清楚で可憐で可愛くて賢いと評判のあのタツミさんだった。


 今では本当のタツミを俺は知っている。かわいいだけじゃなく、面白おかしくユーモア満載でときには結構イカレてるイカした女の子だってわかってる。


 だけど、今目の前のタツミにギャグめいた要素は一つもない。

 そんなコメディチックな空気はどこにもなく、そこにいるのは幻と理想の美少女だった。


「た、タツミ……? なんか今日、様子がおかしくないか?」


「うん、緊張してる。だって今日は、マツザキくんに私の大事なものを差し出す日だから……」


 タツミは緊張の面持ちで、だけど可憐にはにかんで見せた。頬を紅潮させ強がるようなその仕草は思わず抱きしめてしまいたくなるほど愛くるしい。


 そして極めつけは『マツザキくんに私の大事なものを差し出す』とのお言葉。

 意味深な言葉で真意のほどは不明だが、なんだか嬉しい予感しかしない素晴らしいこと間違いなさそうで期待できそうな言葉であることほぼ確実そうじゃありませんか!?


 俺の心臓が激しく高鳴りだした。苦しいほど一人かってに盛り上がる心臓に、俺は冷静な脳みそをもって命令する。

 心臓よ、早く鳴り止め! まだ告白されたわけじゃないぞ! まだ、まだだ! 喜ぶのはまだ早いぞ……!


 とは思いつつも、やはり俺は間違いなく期待していた。タツミからの嬉しい言葉を、より直接的な言葉が聞けることを今か今かと待ち望んでいた。


 だが、そこから無言で俺たちは数秒見つめ合った。

 ものの数秒の沈黙に耐えきれなくて、


「タツミ、それって……」


 俺はタツミの次の言葉を催促した。


「マツザキくん……」


 タツミが一歩、また一歩とこっちに近づいてきた。そして、俺のすぐ目の前でタツミは歩みを止めた。手を伸ばせば届く距離だ。互いの息さえ混じり合いかねない距離だった。


「恥ずかしいから、目を閉じて……」


「ああ……」


 目を閉じ、何かを待った。嬉しい何かがやってくるのを、ありがたい楽しい瞬間が訪れるのを俺は待ち構えた。


 閉じた目の前でタツミが何かをしている気配があった。

 きっと女の子にも色々と準備があるのだろう。

 こちとら紳士としてはそこをちゃんと汲んでやらないとならないだろう。急かすのは男の仕事じゃあない。男は黙って女の子を待つのがカッコイイはず。


「いいよ、マツザキくん、口を開けて……」


 口を開ける……!?

 マジか……!?

 タツミさんは一足とびに上級ステージへの到達を志しておられる!?

 こういうのは段階を踏むのがセオリーではないのか……!?


 いや、しかしタツミが望むのなら、俺も覚悟を決めようではないか……!

 そうだ、それでこそタツミなのだ。タツミにセオリーなどない。

 むしろこれこそタツミに相応しい……!

 俺たちの新たな門出にとっても相応しいエモーショナルでワンダフルなエクスペリメント……!


「はい、あ~~~ん」


 ん? あ~ん……?


 その瞬間、


「もゥごッ……!!??」


 何かが俺の口に突っ込まれた。

 それは俺が期待した嬉し恥ずかしありがたいエモーショナルなそれとは程遠いものであり、濃厚は濃厚でも違う意味で濃厚な何かだった。


 たまらず俺は目を開けた。

 そこには、緊張の面持ちで俺の口に太巻きを突っ込むタツミの姿があった。


「おまめあにいえう……?」


 お前なにしてる? と言ったつもりだが、太巻きがデカすぎてうまく発音できなかった。


「何って、恵方巻。食べてもらおうと思って作ってきたんだ」


 タツミはにっこりと笑って言った。

 もういつも通りのタツミだった。表情も、その突拍子もない予測不可能な奇抜な行動も、いつものタツミさんだった。


「頑張って作ってきたんだけど、ちょっと形が悪くなっちゃって。あんまり見られると恥ずかしいから、目をつぶったまま食べてもらおうと思って! 私って天才? いや~、でも初めて作ったものを食べてもらうなんてやっぱり緊張するよね~。で、お味はどうですか?」


 なるほど……そういうことか……。

 激しく脱力。

 紛らわしい言い方しやがって……いや、でも、勝手に変な期待をした俺も俺か……。


「ふぉんあこおだおおもっあお……」


 そんなことだろうと思ったよ、落胆しすぎてそんな言葉を思わず呟いてしまった。


「え? なんて?」


 俺はとりあえずかじった分を咀嚼し、飲み込んでから言った。


「美味しいって言ったのさ」


 たしかに太巻きは美味しかった。

 そういえば今日は節分か。

 にっこり笑顔のタツミのいる方角は、そういえば南南東か。

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