2月2日(木)解決編

「昨日のことは忘れて! 私、多分どうかしてたのよ。ほら、最近はニシオと別れたくて仕方がなくて、それでずっとイライラしっぱなしだったし、それで変なこと言っちゃったんだと思う。だから昨日のアレは別に本気じゃないからね。私の方はもう気にしないから、そっちも気にしないでね。それに昨日だってちゃんと言ってたでしょ? 恋愛なんて面倒なことしたくないって。それにマツザキくんがタツミさんのこと好きなのは知ってるし。好きな人いる人に告白するなんて、私のキャラじゃないし。だから昨日のことはナシね。わかった? わかってくれたわね? じゃあ◯フレの件だけ考えてて。しばらく待っててあげるから。良い返事期待してるから」


 ちょっと待て、と呼び止める暇もなく、少し恥ずかしげに頬を染めたウンノは、言いたいことを言いたいだけ一方的に早口にまくし立てると、すぐさま校舎裏のベストプレイスから駆け去っていった。


 わざわざ人を呼び出しておきながらなんて態度だ。俺にも言いたいことがあったのに。特に◯フレの件とか、この場で即時に断ろうと思っていたのに……。


 なにはともあれ、気にしないで良いとのことだから、とりあえず一件落着した……ということでいいだろう。


 少しホッとした。昨夜は思っても見なかったウンノの気持ちを聞かされて俺なりにウンノのことを考えたり思い悩んだりして、明日からどうウンノと接しようかと悶々とした寝付けない夜を過ごしたものだが、早期解決してくれて本当に良かった。あんな気分の重たいよるは二度とごめんだ。


 さて、昼休みはまだ始まったばかりだ。

 昨日と違って曇りだし寒いので、あまりベストプレイスに長居はできない。寒空の下で凍える趣味はない。

 腹も減っている。というわけで、今日も学食でうどんの大盛りでもいきますか!


 ウンノとの一件も一応の解決をみせ、胸のつかえも取れて晴れやかな気持ちでノビをしつつ、ふと、校舎の昇降口の方を見ると、


「おっ」


「あっ」


 タツミと目があった。

 目があった途端、タツミはなにやら恥ずかしそうに目を伏せ、踵を返して俺から逃げようとしたのを、


「おい! タツミ! ちょ、待てよ!」


 俺は大声で呼び止めた。

 二歩進んだところで足を止め、こっちを振り返ったタツミの元へ俺は駆け寄った。


「さっきの、キムタク?」


 やはり恥ずかしげに目を伏せてタツミは言った。


「逃げようとしたタツミが引き出した俺の内なるキムタクだ」


「なにそれ」


 ぷっとタツミが噴き出した。普段どおりのタツミに近いが、やっぱりまだ恥ずかしそうにしている。


「なぁ、なんで逃げようとしたんだ?」


「それは……」


「俺とウンノに何かあったと思ってるんだろ?」


「うっ……どうしてわかるの?」


「そりゃ、昨日の今日だからな。ま、誰だってあんなところ見たら、変な勘違いするよな」


「変な勘違い? それってどういうこと?」


「俺とウンノはタツミが考えているような関係じゃないってこと」


「それって◯フレじゃないってこと?」


 伏せていた目を真っ直ぐに上げ、タツミは俺を見た。

 急に真面目で真剣な表情だった。そんな表情と◯フレの言葉のギャップに、俺は一瞬虚を突かれたが、


「……そういうことだ」


「なぁーんだ……そうだったんだぁ……」


 タツミは胸に手を当て、ほ~ぅっと長い息をついた。


「だったらそうだって早く言ってよ!」


 パン、とニコニコ顔のタツミが俺の肩を強く叩く。いつものタツミらしくなってきたが、当たりがちょっとキツイ。そこそこ痛い。


「そう言おうとしたのに逃げられたんだ」


「あっ、そうだったね。ごめんね~」


 とりあえず誤解が解けて良かった。これで一安心だ。一時はどうなることかと思ったが、万事解決一件落着。


「でも昨日はほんとびっくりしたよ。だってマツザキくんが、あんなセクシーで大胆なパンツを手にウンノさんとイチャイチャしてるんだもん」


「……お前、アレがイチャついてるように見えたのか……?」


「うん、てっきりマツザキくんが『いいじゃないの~』ってセクシー下着をウンノさんに強要してて、ウンノさんがそれを『イヤよ~、ダダメダメ!』って焦らしプレイしてるんだと思ってた!」


 どうやら俺の想像していた以上に凄まじい誤解をされていたらしい。本当に誤解が解けて心底良かった。


「そんなわけないだろ! そんなこと学校でやってたらイタいを通り越してアブないカップルだな!」


「マツザキくんとウンノさんならあるかな~、って」


「ねーよ」


「じゃ、アレはなんだったの?」


「あ、アレはだな……」


 正直に言おうと思って、慌てて俺は口をつぐんだ。

 『あれはウンノが俺を◯フレにする手付代わりなんだ』なんて正直に言うのは良くないな。

 ウンノもそんなプライベート極まりないことを、俺の口からバラしてほしくもないだろうし。


「ウンノの悪ふざけだよ。ほら、前にも似たようなことあっただろ? あいつはああやって時々俺をからかうのが趣味らしい」


 うん、とっさにしては素晴らしいウソじゃないだろうか? 俺は内心密かに自画自賛した。


「あぁー……ウンノさんって面白いもんねぇ」


 思っていた以上に、タツミは納得したらしく、腕を組んでうんうんと頷いた。

 どうやらタツミの中でもウンノはそういうキャラだったらしい。


「私も負けてらんないなぁ……じゃ、マツザキくん、今度のバレンタインデーに乞うご期待!」


「この流れだとせっかくのバレンタインデーを素直に期待できないのですが?」


「私もウンノさんに負けたくないからね!」


「いや、そんなところで張り合わなくていいから……。あと、それにさ」


「うん?」


「タツミは充分面白いぞ?」


「え? そう? うふふふ」


 タツミは照れて笑っているが、俺としてはそこまで褒めたわけでもない。むしろ半分からかったつもりだったのだが。


「ま、こんなところで立ち話もなんだし、腹も減ってるし、というわけで、学食行かない?」


「お、いーねー。今日はうどんの大盛りにチャレンジしようかな!?」


「真似すんなよ」


「いーじゃん。減るもんじゃないし。ペアルックならぬペアフードだよ」


「流行らなさそうだな」


 俺とタツミは学食に向かって並んで歩きだした。

 昨日より寒いはずの廊下だが、昨日と違って心は明るく、足取りも軽やかだった。

 なにより隣に笑顔のタツミがいる、それだけで楽しい気分になれる。

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