1月

1月1日(日)元旦からタツミさん

 初夢はR18だったので詳しくは語れないし、そもそも恥ずかしいので語りたくもない。一富士二鷹三と言うようにとっても素晴らしく幸せな夢であったことは間違いないが。


 午前九時半、家を出る。昨日のタツミとの約束通り、待ち合わせ場所の最寄りの神社に向かう。互いの家がすぐそこなのになぜ神社を待ち合わせ場所にするのかはわからないが、タツミがそうしたいというのだからそれに従うまでだ。


 外はいい天気で、暖かい元旦だ。

 チャリに乗ってしばらくすると、後方やや距離をとって俺をけてくるヤツがいた。


 タツミだ。


 俺が信号待ちや、背後が気になってチャリを停めて振り返るたびに、タツミはカメレオンのように背景に溶け込んだつもりになって俺から顔をそらす。もちろんそんなので誤魔化せるはずもない。タツミはカメレオンじゃないし、ミミックオクトパスでもない。俺はそんなタツミの存在にとっくに気付いていたが、面白そうなので泳がせることにした。


 二十分後、神社に着いた。ストーカーのように尾けてきたタツミの姿がいつの間にか見当たらない。この後どんな展開があるのか、少し楽しみだ。


 この神社は俺のチャリでの行動圏内では最大の規模を誇る。元日の境内は初詣の参拝客で賑わい、ボッタクリ価格気味の露店が並ぶ。元日になりたての0時にはチンピラとかそれに類する人、果ては地元のヤクザとかまでやって来るほどで、老若男女問わず地域の人に愛される神社なのだ。


 少しすると、俺が来た方角とは真逆の方角から息を切らせてタツミがチャリをこぎこぎやってきた。その様子からおそらく、俺を尾けていたことを悟られないためにわざわざ大回りして来たのだろう。


「おまた~!」


 目の前にやってきたタツミはチャリを停め、大きく息をしながら言った。


「よう、タツミ。朝からご苦労なことだな」


 俺はニヤニヤ笑いで言ってやった。


「なにそれ~? どういう意味?」


「朝から人の後ろを尾けまわすなんて大変だったなって、わざわざ労ってるんだよ」


「……な、なんのことかなぁ、さっぱりわからないでゴンス……?」


 聞き慣れない語尾が飛び出すほど焦っているのか、露骨に反らした目も水を得た魚のよう泳いでいる。


「いや、バレバレだって。俺、何回も振り返って何度も目が合っただろ? むしろなんでバレてないと思ってんだ?」


「バレてたかぁ……」


 がっくり肩を落とすタツミ。なにもそんな落ち込むこともないだろうに。

 かと思ったら、


「ふ、ふふふ……! さすがはマツザキくんだね! それでこそ、私が見込んだ男よ!」


 急に元気になって腰に手をやり仁王立ち。まったく、元旦からテンションの上げ下げの激しいやつだ。タツミと仲良くなってから結構経つが、まだこの高低差についていけない時がある。特に朝とか。


「見込んでくれているのはありがたいけどな。で、何が目的だったんだ?」


「……さぁ、なんだろうね?」


 タツミは小首をかしげる。すっとぼけてる感じじゃなくて、どうやらマジらしい。


「おいおい、自分で自分の行動原理がわからないのか?」


「だって、ただの思いつきだからね。なんとなく、後を尾けてみたかったんだよ、きっと」


「なんとなくで犯罪まがいなことするなよ。俺じゃなかったら通報されてもおかしくないぞ」


「きっと通報されないって確信があったからこそ、マツザキくんにしたんだよ」


 何故かドヤ顔でそんなことをのたまうタツミさん。朝からおもしれー女。


「あ、そうだ!」


「ん、なんだ?」


「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」


 タツミは急にお淑やかに新年の挨拶を言い、ぺこりとご丁寧に頭を下げてきた。

 こっちもつられて同じように丁寧に挨拶を返した。礼儀には礼儀を、だ。


「お決まりのやりとりもキマったし、そろそろ初詣にレッツゴー!」


 唐突に、俺の袖を引き、神社の大鳥居へ向かおうとするタツミの手を、逆にこっちからそっと掴んで引き止めた。


「ちょっと待て、まずはチャリを駐輪場にな」


「おっと、そうだった」


 ひとまず、チャリを駐輪場へ持っていってから、ようやく俺たちは大鳥居をくぐった。


 そこそこの列をなす賽銭箱までの数十メートルを二人でテキトーにダベりつつ並んだ。二十分も経たないくらいで、俺たちの番が来た。なけなしの百円を投げ入れ、ふと隣のタツミを見ると、なんと太っ腹なことか、タツミは五百円玉、それも新型の金と銀のかっちょいいやつを賽銭箱に入れていた。そして俺を一瞥、ニヤッと笑った、いや嘲笑った。


 あら~? マツザキくんともあろうお方が、百円ぽっちなんてちょっとセコすぎやございませんか? 私より大きい図体くせして器と財布はお小さいのですね、てな具合に。


 小馬鹿にされて黙っていられる俺じゃない。負けてなるものか、なけなしの百円玉四枚を賽銭箱にシュート。超エクスペンシブ! 投入した瞬間、そんなことで張り合っている自分が急に馬鹿に思えてきた上に、失った追加の四百円を思って、俺は心のうちで泣いた。


 おのれタツミめ……! 貴様さえ嘲笑わなければ……!


 思いつつ、横目でチラ見したが、もうタツミは目を閉じ手を合わせ、願をかけていた。もう俺のことなんて眼中にないらしかった。

 俺もタツミを恨んでいる場合じゃなかった。しっかり五百円分願いをかけるべきだった。


 しかし願いといっても、急にはこれといって思い浮かぶこともなかったのでとりあえず、


 金、金、金!


 と、願っておいた。うん、我ながら浅ましい。そんなんだからタツミにも笑われるんだろうな。なんて一人勝手に納得してしまった。


 終わってから、


「なにお願いしたの?」


 タツミに聞かれた。


「世界平和」


 即、嘘回答。というか、五百円も入れたんだから、ついでにそれも願っておくべきだった。ちょっと後悔。


「へぇー! やるじゃん! さすがマツザキくん、私が見込んだ男!」


 なんか褒められてしまった。


「はっはっはっはっは! そう、俺はイイ男だからな……!」


 すまん、タツミ。俺はイイ男なんかじゃない。金、入れて、金を願うようなやつなんだ……。俺は心のなかで謝罪と懺悔をした。


「ところでマツザキくん、初夢って見た?」


「え……」


 俺の初夢はR18、しかも主演はタツミ。つまり言えない。

 本人を前にして、夢が頭の中でリピートされはじめる。目の前のタツミと夢の中のタツミが重なる。


「あー! エッチなやつ見たんでしょ!?」


「なっ……!?」


 な、なぜバレる!? 俺はサトラレ!? 君はサキュバス!? この場はまさに大窮地!


「ふふっ、顔、真っ赤だよ?」


「い、いやっ、これは、その、寒いせいだ! きっとそう!」


「わかってるわかってる。男の子だもんねー。でもね、私もエッチなやつ見たんだよ? 聞きたい?」


「え……!?」


 話が変わってきた。

 元旦からなんだこの展開!?

 おいおい、まさか夢が現実になるんじゃないだろうな? さすが一富士二鷹三タツミ!


 なんて思ったのもつかの間、


「あはは! ちょっと! マジの真顔じゃん! そんなわけないでしょ!? 本気にしたの!? あっははっははは!! ちょっとマツザキくん、新年から面白すぎー!」


 からかわれているだけだった。そして俺はそれに、めちゃくちゃ引っかかってしまっていた。新年からタツミの思うツボだった。


「でもね、夢にはマツザキくんが出てきたんだよ?」


 急に頬をほんのり染め、上目遣いでこっちを見るタツミさん。


「……マジ?」


「マジ……」


 こっくりうなずくタツミ。とてもかわいい。素晴らしくかわいい。


「ちょっとその話、詳しく」


「だーめ! 言いたくない!」


「いいじゃん、減るもんじゃないし」


「だったらそっちの夢から先に言って」


「俺のはダメなんだよ。色々とな」


「じゃ、私のもダメ!」


「それって、夢の中で俺と色々とダメなことしたって意味か?」


「ち、ち、違うよっ!」


 顔を真赤にするタツミ。

 今度はこっちがからかってやる番だった。


「う~む、怪しいな。で、夢の中の俺はどうだった? たくましくて優しかったか? 熱くて、それでいてクールだったか? 俺ってこう見えて、中身はなかなかのもんだからな?」


「もうっ、なに言ってんの!?」


 神様のお膝元で猥談まがいのやり取りをするってどうなんだろう? ふと、そんなことを思ったが、五百円も入れてんだからそれくらい許してくれてもいいと思う、そう勝手に納得した。


 新年から夢でも、現実でもタツミといられた。それだけで今年一年が楽しくなりそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る