11月25日(金)

 西日が後ろの黒板を焼く放課後の教室で、俺たちギャンブラーは熱いバトルブラックジャックに興じる。


 西日の角度からいってありえないほど眼鏡を白く反射させたディーラーのトキさんがまず一枚目のカードを配る。


 タツミにスペードのジャック。タツミがニヤリと笑う。


 ウンノにクラブの9。ウンノは表情を変えない。


 タケウチにクラブの2。その眉に深いシワが刻まれる。


 俺にダイヤの6。これは厳しい。


 ディーラのトキさんはハートの10。いいカードだが、トキさんは表情を微動だにしない。対象的に、おれたちの表情が難しくなった。あまりにトキさんが強い。だが、まだ勝負はわからない。


 二枚目が配られる。


 タツミにハートの9。これでタツミは合計19。いい手だ。タツミの顔もほくほくだ。


 ウンノにハートの8。合計17。強くもないが弱くもない。クールなウンノは何の反応も示さない。


 タケウチにダイヤのエース。合計は13もしくは3。ヒットカードを引くがほぼ必須の手札だ。タケウチはいよいよ難しい顔になった。


 俺にはクラブのエース。合計17か7。どうともいえない手だ。あとはトキさん次第だが……。


 トキさんがカードを引く。それは最後まで伏せられたままだ。


 さて、おれたちの最終ターンだ。


「私は勝負に出るよ……!」


 タツミの言葉に俺たちは驚いた。タツミの手は19と、かなりいい手だ。19で勝負とは勝負師にもほどがある。


「神様仏様、残り42枚の山からどうか私に2を引かせたまえ……! もし、ダメなら1を……!」


 タツミは合わせた手をスリスリして神と仏に祈る。神頼みがタツミに許された最後の手段であった。特にタツミは2かエース以外はバスト負けなのだ。既に2は場に1枚あるし、エースに至っては2枚も出ている。タツミは42分の5を引かねばならないのだ。


「ヒット!」


 タツミが高らかに言った。トキさんがカードを配った。そのカードは……、


「あぎゃッ……!」


 タツミの口から短い断末魔。配られたのはハートの3。合計は22。惜しいが、バスト負けだ。へにゃへにゃと崩れ落ちるタツミ。


「ご愁傷さま」


 ウンノがお得意の氷の微笑で小さく言った。その声がタツミに聞こえたかは定かじゃない。タツミは机に突っ伏し、微動だにしなかった。


 次はそのウンノの番だ。


「ヒット」


 ウンノはヒットをコール。17では勝てないと踏んだのだろう。それは俺も同感だ。4はまだ出ていないし、それ以下でも首はつながる。しかし、それでもハズレのカードの方が多い。果たしてどうなるか……。


 裏向きに配られたカードをウンノは素早く表に返した。


「……」


 ダイヤのキングだった。合計は言うまでもない、ドボンだ。ウンノ、一つため息を付き、椅子にふんぞり返った。


 次はタケウチだ。俺とタケウチはエースがあるから、一回目のヒットでドボンはない。


「よっしゃー! 来い!」


 タケウチはもちろんヒットする。13では勝負にならない。


 トキさんがカードを配る。それはハートのエース。合計14、もしくは4。もちろんヒットした。今度はハートのキング。合計14。もういっちょヒット。お次はハートの2。合計16。またヒット。ハートのジャック。ドボン。タケウチ爆散。


 さて、俺とトキさんの一騎打ちになった。ドボンした連中の視線が俺のカードに集中する。ここまで出たカードは、


 キングがダイヤとハートの二枚。


 ジャックがスペードとハートの二枚。


 10がハートの一枚。


 9がハートとクラブの二枚。


 8がハートの一枚。


 6がダイヤの一枚。


 3がハートの一枚。


 2がクラブとハートの二枚。


 エースがクラブ、ダイヤ、ハートの三枚。


 場札は計16枚。山札は36枚。一発21ブラックジャックの確率は9分の1。ドボンはない。とにかくヒットだ。


「ヒット……!」


 配られたのはスペードの7……! これで俺の手は14になってしまった。一発21の確率は約11%。生き残る確率は約60%。ジャンケンよりやや低い確率。だが、まだまだ勝負できるはず……いや、勝負しなければならない!


「ヒット……!」


 配られた運命のカードは……ハートのクイーンだった。ドボン。俺は死んだ。


 これがギャンブル。人生と同じだ。死は突然やってくる。


「親の総取りね」


 トキさんは最後のカードを表にするまでもなく勝利した。ニッコリと微笑み、チップ代わりのマーブルチョコを全部持っていってしまった。


 子の全員がマーブルチョコ破産していた。トキさんは机に突っ伏す死骸に囲まれ、ほくほく顔で勝利に酔いしれていた。

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