11月16日(水)

 よく晴れた昼休み、俺とタツミがグラウンドの隅でキャッチボールをしていると、


「やぁ! そこの野球に興じる少年少女よ!」


 タケウチの叫ぶ声。多分俺たちのことを言っているんだろう。俺とタツミは同時に声のする方へと目を向けた。


 校舎からグラウンドに通じる階段のところで腕組して仁王立ちしてこちらを見下ろすタケウチ。その肩にかけられた制服が木枯らしにマントのごとくたなびいている。その背後には同じように腕組仁王立ちのイシカワコンビとトキさんとウンノがいた。全員、お揃いの巾着袋をたすき掛けしている。


 五人揃って、何レンジャーだ? タケウチを中心として、ババーンとかSEが聴こえてきそうな、戦隊ものよろしくきれいな並びだった。


「なんだタケウチ。いい歳して戦隊ゴッコか?」


「なわけないだろ、同志マツザキ! ついに我々の夢が始動するのだ! 今日、今、ここで! ついでに放課後も!」


「なんだよ我々の夢って? あと勝手に同志にするな」


「そう言うなマツザキ。俺にはわかってるんだ。お前の胸に静かに、しかし熱く燻る魂が目覚めるそのときを今か今かと待ち焦がれているのをな! そうだろう? 同志マツザキ!」


「……」


 全く言っている意味がわからない。


「無言ほど、確かな肯定もない……」


 フッと鼻で満足気に笑うタケウチ。もちろん俺は肯定した覚えなんてない。


「さっきから何をわけのわからんことを言ってるんだ?」


「みなまで言うなマツザキ! 言っては台無しだ! あえて言わず、我々は行動で示そう! 百の言葉より一の行動! さぁ、キャストオフ!」


 タケウチが天に手を掲げ、高らかに何かを宣言した。すると、みんな制服のシャツを脱ぎだした。すると、


「見よっ、マツザキ! これが俺たちの夢の結晶だ!」


 五人全員、おそろいの半袖Tシャツを着ていた。胸にカタカナで『ブラザーフッズ』と斜体で書いてある。


 俺には彼らが何を示したいのか、結局のところなんのつもりなのか、ぜ~んぜんわからなかった。俺の気持ちを代弁するかのように、ひゅるり~とちょうどよく木枯らしが吹いた。この季節に半袖Tシャツ姿はキツイ。タケウチを除く四人がブルっと肩を震わせた。


「……風邪ひくぞ?」


「ひかない! 風の子だから!」


 タケウチは元気一杯だ。さっきから言動もおかしいし、寒さを感じないところを見ると、頭をどうかしちゃったのかもしれない。


「病院に行った方がいい。頭のな」


「マツザキ、木枯らしよりクールだな? ひょっとして、我らブラザーフッズのブルーの地位を狙っているな? ちなみに俺はレッド。レッドフッズと呼んでくれ」


「やっぱ戦隊なんじゃねーか」


「フッ、これを見てもまだそんな口がきけるかな? 総員、着装!」


 五人全員が一斉に巾着袋を開いた。中から出てきたのは野球のグローブ。


「わかったな? マツザキよ。我らブラザーフッズは、野球で世界を獲りにいく! どうだい? 魂目覚めたかい?」


「何言ってんだお前」


 俺は笑った。今まで笑うポイントがいくつもあったが、ついに笑ってしまった。


「野球で世界獲りたいなら、普通に野球部に入ったほうが早いんじゃないか?」


「俺たちの夢は甲子園なんかにはない! もっと高い場所にあるんだ! お前にもわかるだろ? 俺たちの熱いパトスが!」


 いや、全然わからん。熱いパトスとは言うが、後ろの四人は木枯らしで身体を震わせていて、見ていてとっても可哀想だ。この時期半袖Tシャツは無謀過ぎる。


「ま、お前が草野球したいことだけはわかったよ」


「さすがマツザキ、話が早くて助かるぞ」


 どこが話が早かったのやら……? タケウチの脳内でこのやり取りは一体どう解釈されているか?


「さ、マツザキ、あーんどタツミさん、早速今から我らブラザーフッズの初練習と行こうじゃないか!」


「いや、チームに入るなんて言ってないが」


「なッ!? やる気満々とみせかけて、ここに来てまさかの大どんでん返し!? 野球漫画ならヒキのあるストーリーだが、これは現実だぞ!?」


 がっくりと項垂れるタケウチ。ほんと、今日のあいつはどうかしている。


「え~? 別にいいじゃん、みんなでやったほうが楽しいよ?」


 と、なぜかノリノリなタツミさん。


「タケウチくん、そのユニフォーム、私たちの分もあるんだよね?」


「もちろんですタツミさん! あなたにはピンクのポジションも確約です!」


「私、サーモンピンクがいいな」


「もう、なんでも大丈夫です!」


「じゃ、私はバイオレットがいいわ」


 そこへ割って入るウンノ。


「タケウチくん、私の色は?」


 トキさんもノリノリでタケウチに聞いた。


「サンライトイエローなんてどうでしょう!?」


「可愛い! トキさんにピッタリだね!」


 タツミも盛り上がってる。


「じゃ、俺はブラック」


「俺はグリーンかな」


 イシカワコンビの色も決まったらしい。


「お前ら、マジか……」


「マツザキくん、良いじゃない。皆で遊べば楽しいって。たしかに戦隊チックで変なノリだけど、そういうのも面白いと思わない? こういうのってさ、多分今しかできないことだよ? なら、今楽しんでもいいんじゃないかなぁ?」


 タツミの言うことにも一理ある。こういう馬鹿なノリは今が一番鮮度高い。高校生が最後の幼児期なのかもしれない。


 本当のところ、別にこういうノリは嫌いじゃない。乗っかるのも本当はやぶさかじゃない。でも、それが野球となると話は別だ。


 野球は楽しいスポーツだ。だから俺は一時期本気で取り組んでいた。でも、本気になればなるほど、楽しさからかけ離れていった。楽しさを忘れ、疑問が頭を離れないあの毎日、そしてあの事件……俺はそれ以来野球をすっぱり止めた。それは野球を嫌いになったからじゃない。野球を嫌いになりたくないからだった……。


 俺はタツミを見た。タツミは晩秋の日に照らされ、木枯らしに髪をなびかせ、優しく微笑んでくれた。俺の内心の痛みを、少しだけ和らげてくれた。


「そうだな、タツミの言うとおりだな……」


 少なくとも、タツミとのキャッチボールは楽しかった。タツミとなら、また野球を楽しくプレーできるかもしれない。いや、多分できるはずだ。もし万が一野球が嫌いになったとして構わなかった。


 今の俺には野球より大切なものが既にある。

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