10月23日(日)
日曜日。憂鬱な日曜日。なぜならテスト前だから。テスト前の日曜日ほど、気の重い日はない。そういえば『暗い日曜日』って曲もあったな。なんでも聴くと自殺してしまうとか……。さすがにテストが嫌なだけで自殺するつもりはないが。
そういえばとても静かな日曜日だ。日曜日といえば、普段は両親がリビングで談笑する声が聴こえてくるのだが、息子のテストで遠慮しているのか、今日は葬式並の静けさだった。
憂鬱な俺の気持ちとは裏腹に、窓の外は清々しい秋晴れだった。天高く馬肥ゆる秋、という言葉に相応しい空模様。そんな日はぜひ外で元気よく過ごしたいのだが、残念ながらそれを許さない事情が学生には時々あるのだった。
そんなことを時に思いながら、俺は机に向かった。将来のため、自分のため、そして誰かのために、今勉強することが大事、そんなことを言い聞かせて筆を走らせた。暗示にさほどの効果はなく、能率はいまいちだった。が、何もやらずに囚人のように嘆きながら窓の外を眺めるよりかはマシだ。少年老い易く学成り難し、なんて言葉もある。少年期が大事なのは歴史が証明しているのだ。
明日のテスト科目は記憶力がものを言うものばかりだから、俺はひたすら小さな脳味噌に詰め込み、刻みつける作業をした。勉強に関して物覚えの悪すぎる俺だから、思いつく限りのあらゆる方法を試した。ノートに書いて身体に覚えさせる方法。語呂覚え。無理矢理似た何かと関連付けて覚える方法。暗証して口と耳に覚えさせる方法。これらを何回も繰り返して、それでも全部を完璧に覚えることはできない。基本的に、俺には勉強は向いていないらしい。
人間には向き不向き、得手不得手、好き嫌いがある。俺にとって勉強は不向きであり、不得手であり、嫌いなものだった。そんなものを無理矢理続けたって身にならない。勉強なんて向いてるやつ、得意なやつ、好きなやつに任せておけばいい、と心底思う。
じゃあ自分には何が向いてるんだ? ふと思った。将来のために勉強が大事だとわかっているし、だからこそイヤイヤながらこうやって机に向かってはいるが、また同時に勉強じゃ他人に勝てないこともわかっている。だったら自分に向いていることで勝負すべきなのだが……。
俺には一体何が向いているんだろう? 俺に向いていることってあるのか?
そんな考えが頭をよぎると、もう勉強は続けられなかった。集中が途切れてしまい、代わりに将来の漠然とした不安に襲われた。俺はペンを置いて天井を見上げた。窓から差し込む陽を見ると、かすかに埃が舞っていた。
勉強が得意なやつには選択肢が多い社会だ。だが、そうじゃない俺は? 俺は将来何ができて、何をするんだ? 向いてないことをイヤイヤするのだろうか? 好きじゃないことをやるしかなくなっているのだろうか? 不得手なことをしなければならないのだろうか?
俺に向いてることってなんだ? 俺が好きなものってなんだ? 俺が得意なことってなんだ?
向いてることは特に思い浮かばない。得意なことも将来に繋がるかと言えばまず難しいだろう。じゃ、好きなことで勝負するか? 好きなこと……。
本を読むのが好きだ。美味いものを食べるのが好きだ。車やバイクが好きだ。スポーツ観戦が好きだ。スポーツをするのも好きだ。ネット記事をダラダラ眺めるのも好きだ。
この中から関連する仕事をするのがいいのかも? でも、好きなものを仕事にするのは辛い、という話も聞く……。俺の将来は秋晴れとは程遠く、霞がかかって何も見えない。見るだけの目が、今の俺にはないのかもしれない。そもそも、将来という言葉自体が漠然としていた。その将来とはいつなのか、それすら俺にはわからなかった。わからないことだらけだった。
好きといえば、そういえばタツミのことも……。
なんて、ふとタツミのことが浮かんだ。
俺はタツミのことが好きなんだろうか? なんてことを今考えたくはなかった。テスト期間中に考えてはいけないことの最たるものだった。しかし、そう思えば思うほど、タツミが頭の中で鮮明に、大きく、多くなってきた。無数の巨大なくっきりとしたタツミが、俺の中にうごめいていた。
「あかん……!」
俺はなぜか関西弁で呟いた。こんなんじゃ勉強どころじゃない。俺は財布だけを持って部屋を飛び出した。今の俺には気分転換が必要だ。
秋晴れの下、俺は適当に歩いた。歩きすぎて疲れ、汗が滲んだ頃、俺はコンビニに入った。
そこでタツミと出会った。ばったり、偶然に。
「あ、マツザキくん。どう? 勉強捗ってる?」
いつもの可愛らしい笑顔が、今日はとてつもなく脳天気なのほほんとしたものに見えた。陽気のせいかもしれなかったし、俺の精神状態のせいかもしれなかった。なんにせよ、タツミが羨ましかった。
「おう、ばっちぇりお!」
もちろん強がりだ。男子たるもの、女子の前でうかつに弱みを見せるべからず。
「私もばっちぇりお! いやー、テストが楽しみですなぁ」
俺は全然楽しみじゃないよ……。テストもそうだが、その先にある将来を思うと余計に。
「じゃあさ、ちょっと休憩してこーよ? 昨日から勉強ばっかりで、ちょっと気分転換したいんだ。ね、付き合ってよ?」
「おう、いいぜ」
俺は即答した。俺はタツミのその言葉になぜか救われたような気がした。いや、言葉じゃなくてタツミそのものに救われたのかもしれない。タツミの笑顔を見ると、心の中のもやもやが吹っ飛んだような気がする。『病は気から』、というが、それならタツミの笑顔は万病に効く。きっとそのうち癌にも効くようになるはず。俺にとってタツミとは、そんな不思議な存在だ。
秋晴れの下、俺たちは二人並んで公園へと歩いた。気分爽快だった。テスト前の休憩にしては長すぎるし、気が抜けすぎてるような気もするが、少年期にはこういうのもきっと必要だろう。人間は不安ばかりじゃ生きられないんだから。
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