10月22日(土)
窓の外は秋晴れでも秋雨でもない微妙な天気だった。空一面を覆う薄い雲の中に円盤のような太陽があった。この天気を
窓から視線を机の上に移す。広げられた教科書とノート。絶賛テスト勉強中。さっき窓から外を見たのは、この煩わしい現実からの逃避行動だった。
「はぁ……」
なんて、思わずため息も出る。それだけテスト期間中の休日とは憂鬱なものだ。休日だというのに心休まらず、本来安息の地である我が家の我が部屋が、このときばかりは戦場だ。ここで休むことは許されない。テスト期間を無事に生き残るためには、ここでどう戦うかが重要なのだ。
頭ではわかっている。勉強は大事だし、テストは将来を左右する審判のときだ。そんなこと理解しているのだが、気持ちはまた別問題である。俺という人間の集中力の問題もあるのだろうが、勉強開始から一時間も経てば、急にやる気が失せてしまう。気持ちは今の空のように曇り、昼のアサガオくらい萎えてしまう。シャーペンは手を離れて机の上に転がり、目は当て所もなく宙を彷徨う。
それから三十分ほどダラダラと憂鬱な現実逃避を続け、その後になんとかやる気を出して勉強を再開し、また一時間後には同じ状態、というループが俺の毎度のパターンだった。今回もパターン通りだとすると、次の勉強開始まで、あと約二十分ある。
ふと、思った。タツミは何をしているだろう?
タツミの顔が、姿が頭に浮かんできた。いろんな表情をするタツミ。笑い、泣き、怒り、悲しみ、短期間にいろんなタツミの顔を見てきた。歩く、走り、自転車に乗り、階段を登り、降り、座り、屈み、寝そべる、いろんなタツミの姿も見てきた。
タツミはオーバーリアクションだ。身振り手振りだけでなく、表情も漫画みたいに豊かだった。口や目が、顔面の輪郭からはみ出してるんじゃないかって思うくらい顔のパーツがよく動く。それがタツミの美人の理由であり要因なのかもしれない、ふと思った。そうやって顔面筋をよく動かすから、顔面に不要な脂肪がつかず、なおかつ引き締まるのではないだろうか。
翻って自分を思うと、俺はタツミとは逆だと思った。俺はどっちかと無愛想で表情も薄いほうだ。顔の動かし方なんかはウンノに似ているかもしれない。ウンノは笑っても顔の一部以外は大きく動かない。目だけ、口だけで笑う。それもほんの少しニュアンス程度に動く程度だ。
ウンノもまた美人な部類だと思う。いい歳のおっさんがなりふり構わずハマる程度には。タツミとウンノはタイプが違うが、どちらも美人という点では共通だった。タツミが愛嬌も兼ね備えた四方八方に強いオールラウンドの美人なら、ウンノは一点をキリリと突き刺すような、鋭く
クセといえばトキさんもそうかもしれない。トキさんの顔立ちは美人というよりは可愛らしいタイプだが、反して振る舞いはクール寄りだ。このアンビバレンツな感じはクセといっても過言じゃないだろう。もちろん良いクセだ。その証拠に俺はトキさんのそういうところがお気に入りだ。ときに勉強会のときみたく熱くなるのも面白いし。
こうやってテスト勉強の合間にする、ガチでどーでもいーよーな思考が意外に楽しい。現実逃避がテスト期間中唯一の憩いだ。無駄な時間なのは間違いないが、無駄が無けりゃ人間じゃない。効率なんてものは機械に任せて俺は無駄をやり続ける所存だ。
そんなとき、スマホが鳴った。
普段は勉強に集中するために無音のマナーモードが機内モードに設定するのだが、今日は忘れてしまっていたらしい。ちょうど今は現実逃避タイムなので、スマホを手にとって確認してみた。
タツミからだった。
『私のこと考えてたでしょ?(ピストルの絵文字)』
おそらく冗談のつもりで送ったんだろうが、あいにく俺はマジでタツミのことを考えていたので、こう送ってやった。
『当たり前だろ(ピエロの絵文字)』
最近タツミの影響で俺も変な絵文字をあえて使うようにしている。特に理由はない。強いて言うなら、タツミのせいだし、タツミのせいでしかない。全てタツミが悪い。つまり俺は悪くない。
返信がきた。
『相思相愛だね(剣と盾の絵文字)』
俺は瞠目した。相思相愛……それは両思いという意味。俺とタツミが相思相愛……? つまりそれはやはりタツミが好きな相手は俺なのか……? あれだけ一緒に行動をともにし、同じ時間を過ごしてきたのだから、そうであってもなんら不思議はない……。
なんて一瞬マジに考えてしまったが、どう考えても、絵文字からしてもギャグで言ってるのは一目瞭然だった。いくらテスト勉強の合間の現実逃避にせよ、ちょっと行き過ぎだった。もはや現実逃避というよりは妄想の域だった。
それでも、なんとなく、確証はないし、理由も希薄だが、なぜか俺はタツミが俺のことを好きなんじゃないか、って思ってる。なんとなくそんな気がする。
ふと、俺はそれを確かめたくなった、が、やはりそんな勇気はなかった。
『タツミってさ俺のこと』
まで打ちかけて急いで消した。もし、万が一俺の早とちりだったりすると……それは目も当てられない結末になるだろう。タツミとの関係性が壊れるだけでなく、次のテスト結果も絶望的なものになるのは明白だった。
今はまだ早い、俺は自分に言い聞かせた。返信は当たり障りのないものにした。
『俺はタツミの悪口考えてたんだけど?(槍の絵文字)』
当たり障りのないもののつもりだったが、ちょっと、いや、かなり幼稚だった。
でも、しょうがない、それが今の俺だ。俺は俺なりにやるしかない。テストも何事も。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます