10月21日(金)
俺たち放課後勉強クラブは昨日からさらにメンバーを一人追加し、計四人体勢になった。
新メンバーはウンノ。タツミが勧誘したらしい。
「一人より二人、二人より三人、三人より四人で勉強したほうが楽しいよ!」
そんなことをタツミは言ったが、俺としては逆だった。むしろ男一人、女の子三人という女性偏重になったためいづらさを感じる。この状況は教室の中で男子が一人、というなんとも気まずいあの状況によく似ている。危害があるわけでも何か損をするわけでもないはずなのだが、なぜか心もとなさを感じてしまう。
席は四つの机を二つずつくっつけて作った。俺の隣がトキさんで、正面がウンノ、ウンノの隣がタツミだ。
今回はテスト前の最後の平日ということで、各々苦手な教科を自習し、わからないところがあればその都度誰かに教えてもらうという、協力的かつ合理的勉強法をとっていた。席順もその一環で、俺の隣がトキさんなのは、俺の苦手な数学はトキさんの得意科目だからだ。
今日のトキさんは昨日と違って丁寧かつ親切に教えてくれた。昨日のスパルタっぷりは一体どこにいったのか? 昨日は幻覚でも見ていたのかと思うほどに違った。俺としては今日の方が断然ありがたい。昨日のあれはあれで勉強にはなるのだが、緊張感が凄すぎてプレッシャーだった。俺は褒めて伸びるタイプなのだ。
勉強開始から一時間もすると、男女比率が三対一の状況にも慣れてしまった。よく考えなくとも皆が皆よく知った女の子だから、緊張する必要なんてなかったのだ。一人は休日もよく遊んだりするし、一人は隣の席だし、一人は下着を買ってやったほどだ。こう考えると、下手すりゃタケウチとかイシカワコンビより親しいかもしれない。
気がつくと、タツミがはじめに言ったとおりになっていた。今では緊張や居心地の悪さをかんじることのない、楽しく捗る勉強会になった。和気あいあいと、それでいて真面目に真剣に勉強できた。これがいつもつるんでる男子連中とならこうはいかない。男子だけだと普段の親しみやすさのせいでダレてしまいがちだ。そこは男女の緊張感が今ではほどよく機能しているということかもしれない。それに男子より、基本的には女の子の方が真面目な気がするのは俺だけだろうか?
楽しいお勉強の時間はあっという間に過ぎた。現在時刻十六時四十五分。教室閉鎖十五分前。日没まで約三十分前。
唐突に、ウンノが言った。
「マツザキくんって、好きな子とかいるの?」
「えっ……」
顔をあげると、ウンノがいつもの薄く鋭い微笑でこちらを見ていた。よく見ると隣のトキさんも、斜め前のタツミもこっちを見ていた。二人とも、なぜか教科書やノートに向かっているときよりも真剣な目をしているように見えた。
「なんだよ、急に……」
「なんとなく気になってね。もういい時間だし、勉強のシメはやっぱりこれかな? って」
「鍋の後のうどんじゃないんだから。そんな定番ないから」
「で、誰なの?」
「誰って……そんなの、答えるわけないだろ」
「てことは、いるってことだよね? いないならいないって言うでしょ?」
ウンノの目が素早くタツミとトキさんに同意を求めた。二人はその目に強く何度も頷いた。
「で、誰なの?」
俺をまっすぐに見据えるウンノ。刑事のような鋭い目だった。このまま待っているとカツ丼を勧められなかった。
「いたとしても、言うわけない」
「なんで?」
「そんなの当たり前だろ。他人に言うことじゃないだろ? ウンノだってそうだろ?」
「私はヘーキだけど? 言おっか? 言ったら、マツザキくんも言ってくれる?」
「いや、いい! 言わなくて結構です!」
ウンノはマジな目をしていた。俺が止めなければヤツは躊躇なく言ったかもしれない。もし言われたら、俺も言う流れを作られてしまうのは明白だ。危ないところだった。
「じゃ、トキさんはいる? 好きな人」
「え゛ッ!? 私!?」
唐突に、ウンノの矛先がトキさんに向かった。トキさんの喉から今まで聞いたことのないような音が出てきた。
「あ……うん……います……好きな人……」
答えは意外、イエスだった……!
顔を真っ赤にして、俯きながら、はにかみながらもトキさんははっきりとその言葉を口にした。
俺は驚愕した。トキさんに好きな人がいることにではなく、トキさんがその言葉をはっきりと言ったことに驚いた。俺の想像では、トキさんは明言するタイプじゃなく、俺と同じようにはぐらかして逃げるものだと思っていたが、それは見事に裏切られた。
「あー、やっぱりいるんだ。なんか最近、トキさんって可愛くなったな、て思ってたんだ。ほら、恋する女の子は綺麗になるじゃない? 最近その人のこと好きになったんでしょ? 私の勘だと、二学期入ってすぐくらいじゃない?」
顔を赤くして頷くトキさん。この状況下では、一番ドキドキすべきはトキさんだと思うが、なぜか俺の心臓もかな~りドキドキしていた。あの真面目で清楚なトキさんが恋をしている……そのことを男の俺がいる中、こともなげに堂々と宣言するその姿に、俺のドキドキは止まらなかった。
「じゃ、次、タツミさん」
クイ、と顎でタツミを指すウンノ。
「や、やっぱり! ていうか、フリが雑じゃない!?」
「かる~く聞いたほうが、かる~く答えやすいかなって」
「そんなわけないじゃん」
「てか、相手はマツザキくんでしょ?」
「「…………!!??」」
名指しに俺もタツミも驚愕を通り越してもはやフリーズ。声すら出ずにただ目を白黒させるだけ。
「あら、同じリアクション。ナイスコンビネーション。夫婦漫才っぽい。将来はよしもとかな?」
「夫婦じゃねーよ!」
「もうっ! からかわないで!」
「冗談冗談。もうからかわないから、さ、好きな人の名前、どーぞ」
「え……て、そんなの言うわけないじゃん……」
抗議に顔を真赤にしていたタツミは、さらに顔を真っ赤にして俯いた。きっとすごくドキドキしていることだろう、その緊張と興奮がもろに顔に現れている。
俺も負けじとドキドキしている。タツミの好きな相手、気になってしょーがない。最近タツミと結構一緒にいる機会が多いだけに、気になって気になって仕方がない。俺という男と少なくない時間を共に過ごしながら、好きなやつが他にいたりするのか……!?
そんなドキドキ感は長く続かなかった。そのときチャイムが鳴り、ほとんど同時に教室のドアが開いて男性教師が入ってきた。
「おっ、お前ら勉強してたのか、偉いぞ~。今日はもう教室を閉めるから、もう帰りなさい」
タツミにとっては助け舟であり、俺にとっては邪魔者であり水差し野郎だった。外でカラスが鳴いていた。カラスが鳴くからもう帰る時間だった。
いろんな意味で有意義な時間を過ごしたはずだが、家に帰って布団に入ると、勉強会で思い出せることは結局勉強の内容ではなく、最後のちょっとした恋バナだった。
勉強、本当に捗ってるよな……?
少し不安になりながらも、とりあえず眠る。
あ、そういえばタツミの好きなやつって誰なんだろう……?
眠る前にふと思い出してしまった。最悪だ。悶々としてきた。眠気が急激に遠ざかってゆく。今日はあまり眠れそうにない……。
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