10月11日(火)
秋の長雨。雨は夏の残暑をすっかり洗い流していった。日中は過ごしやすくなり、夜は冷えた。もうすっかりばっちりしっかり秋だった。
「ねぇ、マツザキくん」
放課後、体育館横のベンチに座り、自販機で買ったジュースを飲みながら降り続ける雨をボーっと眺めていると、隣のタツミが言った。彼女も俺と同じく手にジュースのペットボトルを持ち、ボーッと雨を眺めていた。
「なんで秋の雨って長雨なんだろうね?」
タツミは遠い目をして言った。一口ジュースを飲んだ後、小さくため息をついた。メランコリックな気分なのだろうか。秋雨とメランコリー美少女、悪くない組み合わせではある。
俺はスマホを取り出し、ウェブブラウザを開いた。秋雨前線と打ち込んで検索した。表示された検索結果から、適当なものを選んで開いてみた。
「秋雨前線は九月の中旬から――」
「違う! そういうことじゃないの!」
俺のウェブサイト丸読み解説は、タツミの語気の強い言葉によって中断させられた。
「マツザキくん、私が言いたいのはそうじゃないの! そんな一般的かつ科学的解説が聞きたいわけじゃないんだよ!」
タツミはすっと立ち上がり、俺の前で片手を腰に当て、もう片手で俺をビシッと指さした。さっきまでのメランコリーさはどこへやら、テンションがアガりにアガっている。
「じゃ、なんだよ……?」
「ふぅっ……」
タツミは再び俺の隣に腰を下ろし、少し顔を上げ、目をつむった。そして大きく息を吸い込んだ。ゆっくりと吐き出した。今度はテンションが急落だ。やっぱり躁鬱の気があるんじゃないか? 俺は少し心配になってきた。それから少し間をおいて、
「この長雨は秋雨。つまり今は秋。秋と言ったら芸術の秋。私が求めているのは、芸術的かつ詩的な答えなの……。はい、マツザキくんのマツザキくんによるマツザキくんにしか出せない秋雨の芸術的かつ詩的な答え、聞かせて?」
タツミが言った。
「ないよ。そんなもん」
俺は即答した。
「え゛ーッ!? 真面目に考えてよぅ!」
また急に元気になるタツミ。秋雨でテンションがおかしくなっているらしい。狂乱の秋ってやつだ。あ、そんな言葉ないか。
「真面目にって言われてもな……。というかタツミ、さっきのやつ、真面目に言ってたのか?」
「マジもマジのマジ中のマジで大マジです! 私がそんな冗談を言う女だと思ってるの!?」
「いや、その言い方からして冗談極まりないだろ。なんだよ、マジもマジのマジ中のマジで大マジって」
「それだけ本気ってこと。ね、マツザキくん、ちゃんと答えてよ~」
今度は上目遣いで俺を見てくるタツミ。食の秋とか読書の秋とかスポーツの秋とか何かにつけて秋が理由になるが、異常行動の秋とか、テンション乱高下の秋とかないのかな?
「そんなこと急に言われてもな……。あ、じゃあさ、タツミの思う秋雨、教えてくれよ。例があれば俺も考えられるだろ?」
「えっ、そんなに私の答えが知りたい? もぅ、そんなに必死で求められたら、私も答えなきゃいけないね~」
「誰も必死になってねーよ」
「う~んとねぇ、秋雨が長雨なのは……秋、だから……?」
「芸術的も詩的もクソもないな。あ、クソみたいな答えではあるか」
「酷いっ! 私なりに必死に考えたのに……! 酷い~酷いです~マツザキくんがイジメます! か弱い女の子をいたぶって快楽を得るマツザキくんは変態サディストの異常性欲犯罪者です~」
「お前のほうがよっぽど酷いわ!」
そんな漫才みたいなことを言っているうちに、ジュースが温くなって雨が弱まった。スマホで時刻を確認すると、もう三十分以上経っていた。あんまり長居しても仕方がないので、俺はベンチを立った。
「俺はもう帰るけど?」
「じゃ、私も帰る~」
なにがそんなに楽しいのか、タツミは満面の笑みで俺についてきた。秋雨と満面の笑みの女の子。この取り合わせも悪くないな、俺はふとそう思った。
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